沖縄戦の歴史に触れる場所。
平和の礎の特徴
沖縄戦で亡くなった方々を偲ぶための慰霊碑が多数あります。
初めての父の叔父の名を探し出せる貴重な体験ができます。
毎年6月23日に全戦没者追悼式が行われる厳粛な場所です。
星空を撮影しようと礎の敷地に入ろうとしましたが心のブレーキがかかりはいれませんでした。やはり聖地だなと感じました。
沖縄戦で亡くなられた方々のお名前が刻まれた碑が大量に並びます。多いな〜と思って見た部分が一部分だったことに気づいた時、犠牲者のあまりの多さに愕然としました。
修学旅行の時は正直何も感じなかったけども、社会人になって改めて訪れると、戦争の悲惨さというのを強く感じる場所でした。
摩文仁の丘の広い敷地に無数の石板が並ぶ平和の礎があります。石板には、戦争で亡くなった人々の名前が刻まれていて、沖縄戦で命を落としたすべての人々の記憶を留めています。刻まれた名前のひとつひとつが、まるで語りかけてくるかのように感じられます。近くに広がる海と丘が背景となり、静けさの中に心が引き締まります。旅行者として訪れたとしても、ここに刻まれた歴史と悲しみをひしひしと実感させられるでしょう。ただ見て回るだけではなく、自然と手を合わせたくなります。ここは戦争の記憶を後世に伝えるだけでなく、平和の大切さを改めて考えさせてくれる場所です。ここに来ることで、沖縄を巡る視点が変わり、静かな歴史の重みを心に刻むことができるでしょう。
県外からの亡くなった方で北海道の方が群を抜いて多かったのが衝撃的でした。また行きたいと思います。
今年は戦後80年の節目でもあり、昭和100年とも言われています。その年にココに来れて光栄です。沖縄戦でなくなった祖父に祈りを捧げに来ました🙏
那覇空港から車で30分程にある公園。公園といっても遊具があるわけではなく、戦争の資料や慰霊碑がある広場です。慰霊碑には、判明しているだけですが沖縄の戦闘に関連して亡くなった方の名前が全て掘られています。存在は確認できるけど戸籍等の書類が燃えてしまって名前がわからない方は「◯◯の長男」や「◯◯の娘」等のように存在が掘られていて、胸が痛くなりました。現在もボランティアによって亡くなった方が判明すると名前が増えているそうです。沖縄というと華やかな観光地のイメージが強いですが、歴史を学ぶのも良いと思います。
三回目の訪問でした。毎年戦没者の名前が刻み続けられています。海を観ていたら5分ほど雨がサーッと降っていきました。慰霊の雨でしょうか?世界平和を胸に刻みました。
沖縄に向かっていた船上で終戦を迎えた父。死ぬ前に行きたいと行った場所がここでした。自分より先に出航した戦友達の名前が刻まれている礎を一目見たかったのでしょう。26年前のことです。その時の記憶は曖昧でしたが、たった一人「加賀谷」という名前だけ覚えていたので、それを頼りに刻銘碑の位置を調べました。氏名の頭文字、都道府県別、支庁別から検索できるようになっています。父は北海道旭川市にある部隊に配属されていたようですが、出身は北方領土国後島で根室支庁管轄でした。氏名の頭文字で調べたところ、加賀谷さんは何人もいましたが、根室支庁の方はたった一人。加賀谷榮一さんだと分かりました。その当時まだお腹にいた息子とともに、父の13回忌の年にお参りできたことは感慨深いものがありました。
| 名前 |
平和の礎 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
098-997-3738 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 8:00~22:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
施設は何時でも綺麗に整えられてて見学しやすい。場所柄、色々考えさせられる。 彫られた名前を撫でながら涙ぐむ姿に心痛む…