倉敷美観地区の景観と共に。
観龍寺の特徴
倉敷美観地区からの眺めは絶景で心が癒されます。
ここは静かでゆっくりと時間が流れる特別な場所です。
お年寄りにも優しい手すりが設置されており安心です。
宝寿山 観龍寺宗派は真言宗御室派(別格本山)。創建は寛和元年(985年)頃と伝わっています。御本尊は大日如来で、境内には観音堂や妙見堂など複数の堂宇が点在しています。慶応2年(1866年)の幕末動乱期には、第二奇兵隊の脱走兵およそ100人が倉敷に攻め入り、倉敷代官所を襲撃。その後観龍寺に陣を張る『倉敷騒動』が起こり、現在も山門には当時の槍傷が残されています。倉敷市美観地区の北側、阿智神社を出てすぐの場所にありました。参拝の後、御納経(御朱印)を賜りました。
985年(寛和元年)に北斗山宝積院として創建され室町〜江戸初期にかけて何度か移転を繰り返し1594年と1624年に現在の阿知へ移り「観龍寺」に改称したということです。1740年代(江戸中期)に火災で境内は焼失しましたが 1749年(寛延二年)に本堂を再建したとされ歴史の移り変わりを感じさせる物静かな場所です。境内からの見晴らしもいいです。
美観地区がよく見えるお寺インターホン鳴らせば御朱印対応してくれます。300円でした。
倉敷美観地区を散策した後、少し足を延ばして観龍寺に立ち寄りました。鶴形山の山腹にあるため、美観地区の賑やかさから少し離れていて、静かで落ち着いた雰囲気でした。私は美観地区の北側にある鶴形山トンネル脇の石段から登りました。少しきつい階段でしたが、登り切ると視界が開け、立派な本堂や多宝塔が目に飛び込んできます。特に本堂は江戸時代中期の寛延2年(1749年)に再建されたそうで、重厚でどっしりとした佇まいは歴史の重みを感じさせます。また、倉敷事変の際に付けられたという山門の槍の跡など、歴史的な見どころも多々あり、見入ってしまいました。境内の奥からは、倉敷の町並みが一望できます。天気が良かったので、美観地区の白壁の建物や倉敷川、遠くには瀬戸内海まで見渡すことができ、その絶景には感動しました。昼間の景色も素晴らしいですが、夜景や夕焼けも美しいようなので、次回はぜひその時間帯に訪れてみたいです。観光客も少なく、ゆっくりと景色を眺めたり、静かな境内で心を落ち着かせたりするのに最適な場所だと思います。美観地区の喧騒に疲れたら、少し足を延ばしてこの隠れた絶景スポットを訪れてみるのも良いですよ。
鶴形山の上部にあり、本堂はもちろん山門・妙見堂・大師堂・鐘楼と見ごたえのある建造物が広い境内にありました‼️本堂は重厚などっしりとした造りでした👀‼️境内が高い所にあるので、山門や鐘楼前の仙掌庵から街を見下ろすとなかなかな景観です🎵🎵
早朝に散歩しました。空気が綺麗で、階段が凛としていて、気持ちが清々しくなりました。阿智神社もよかったですよ。
倉敷美観地区から少し離れた静かな場所に佇む「宝寿山 龍観寺」を参拝しました。観光地の喧騒から一歩離れ、心がすっと落ち着くような、凛とした空気に包まれたお寺です。境内は手入れが行き届いており、静寂の中に鳥の声だけが響き渡る穏やかなひととき。本堂の佇まいや、石畳の参道、庭木の緑が美しく、時がゆっくりと流れるのを感じました。観光スポットではありませんが、地元の方々に大切に守られているのが伝わってくる、温かさと厳かさをあわせ持つお寺です。人の少ない時間にふらりと立ち寄って、心を整えるにはぴったりの場所でした。
いつ立ち寄っても、ここからの街並みの眺めは綺麗です。
倉敷美観地区の北側、鶴形山隧道(鶴形山トンネル)脇の石段を登った先にある。本堂は2度の焼失を経て1749年(寛延2年)に再建され、屋根瓦は古いものだと約250年前のものとされている。高台にあるため、倉敷の街を上から眺めることができる。2024.7 訪問。
| 名前 |
観龍寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
086-422-0357 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
平日のお昼前に参詣しました。阿智神社から少し山を下る感じでした。立派なお堂や鐘楼など興味深く拝見させて頂きました。