鴨廃寺心礎の歴史を感じる。
坂出市加茂町の田んぼの中に塔心礎石材全体が露出して残っている。また水田周囲の溝の岸などに古瓦が散布しています。この加茂地区は五色台の南西部夜叉嶽山の裾に位置し烏帽子山は石器時代からの遺跡、古墳時代の古墳群も多数見られる場所である。鴨廃寺は七世紀後半頃に創建され平安時代後期まで存続したようだ。礎石の形状や瓦が綾川対岸に有った開法寺と共通するものが多いことから両寺院の造営者が近い関係に有ったと考えられます。穴薬師塚(綾織塚)古墳の位置的関係から鴨廃寺を造営したものは古墳の被葬者の末裔とも考えられます。それから五色台と城山に挟まれた府中、加茂、西庄は開法寺、鴨廃寺、醍醐寺とまた多数の古墳等から考えると相当特別な場所だったのでしょうね。塔心礎は長さ170㎝、幅150㎝高さ90㎝の花崗岩を用い、上面を平く加工し直径70㎝の円形浅く彫り窪め中央部を直径39㎝深さ11㎝に彫り込んでいます。
名前 |
鴨廃寺心礎 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.7 |
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「坂出市:鴨廃寺心礎」心礎とは塔の中心柱の礎石で、最も重要な役割をなすものです。 飛鳥・奈良前期には舎利を奉安する舎利孔を有するものが多いのですが、奈良後期以後は舎利奉安の施設はしだいに簡略化し、消滅していきました。古代において中央から派遣された国司が地方政治を行う拠点である讃岐国府の周辺には、いくつかの古代寺院がありました。その中でも、有名なのは3つのお寺。開法寺跡・鴨廃寺・醍醐寺跡の3寺院です。鴨廃寺は7世紀後半~8世紀初頭の寺院です。瓦を製作したところは開法寺と同じと考えられているようです。伽藍配置などはいまのところ分かっていません。はるか昔に人々の信仰を集めた寺院だと思われます。当時に想いを馳せるとなかなか楽しいです。