西塘御嶽で静寂の神聖体験。
西塘御嶽の特徴
西塘御嶽は島で最大級の不思議な御嶽で、美しい鳥居が特徴です。
500年前に建立された聖域で、竹富島の偉人が祀られています。
整然とした雰囲気の中、静寂感が漂う素敵な場所です。
竹富島観光の際に参拝させて頂きました静かで神聖な場所です。
竹富島の入々が敬愛する西糖は、1500年のオヤケアカハチの騒乱の際、八重山に派遣された琉球王府軍である大里大将に見いだされ、王府に仕えました。その間、園比屋武御獄石門の建立、首里城城壁の修復や弁ヶ嶽石門の築造も手掛けたと言われており、当時の王都首里において盛んだった石造り建築の優れた技術者でした。それらの功績によって、西は1524年、八重山の頭職にあたる竹富大首里大屋子に任じられて錦衣帰郷し、竹富島のカイジ浜に蔵元(役所)を置いて八重山全域を統治しました。この場所は西のお屋敷でしたが、死後お墓が造られ、後に島の守り神として祀られました。ここでは、西大願いのほか、カンツカサ(神司)や島の有志が祭りの毎に参拝に訪れるほか、初詣や合格祈願、島民の集会所にあたる向かいのまちなみ館で開催される集会の際は、必ず西御嶽を参拝します。現在では沖縄県の史跡に指定されています。
明らかに島で一番大きな御嶽御嶽に鳥居がある不思議な場所。このパターン、他の御嶽でもありましたすごく綺麗にされていて、島の方々が大事にされているのが伺えました竹富島出身の偉人である西塘氏を祀る御嶽だそう西塘氏は土木技術に優れており、首里城壁を設計したり、園比屋武御嶽石門を造ったりした、竹富島の偉人とありました鳥居は後で造られ神社も兼ねているようで、西塘御嶽は島の守護神・豊作の神が祀られているそう隣には平和の鐘がありましたが、これはまた別の経緯の物でした。
個人的な竹富島の観光名所、西塘御嶽。西塘はオヤケアカハチの乱の際、琉球軍の総大将 大里親方に才能を見出されて琉球に連れて行かれます。西塘少年は琉球で最新の教育を受け、後に八重山を統治する大首里大屋子(頭職)に任じられます。西塘はカイジ浜近くに役所を建てて八重山を統治しましたが、すぐに竹富島では不便なので石垣島に移り、そこで亡くなります。西塘は竹富島に葬られ、その墓が今の西塘御嶽です。
御嶽(おん)とは石垣島や竹富島の神社と下調べで知ってましたが鳥居や石垣に囲まれた敷地は結界の中で「余所者や特に男性は入ってはならない」とのことだったので写真撮影だけにしました。
この島を時間を掛け歩きました。沢山の御嶽を見かけました。島民の信仰に厚い事が感じる事が出来ました。神聖な祈りの場所、鳥居からは立入禁止区域です。とても静寂で島の創成の神、農耕の神。秋には伝統芸能が神々に奉納されています。
不思議な感じで静寂感。
賽銭箱の下部がおしゃれ。
竹富島の偉人を祀る御嶽。かつての屋敷が、そのまま聖地になったようです。
| 名前 |
西塘御嶽 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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竹富島にある西塘御嶽(にしとううたき)は、琉球王朝時代に活躍した伝説的な人物、西塘を祀った聖地です。西塘は竹富島出身で、首里城の「園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)」を築いた功績により、平民出身ながら異例の出世を遂げた偉大な建築家・政治家です。彼は晩年、望郷の念から竹富島の蔵元(役所)の跡地にこの御嶽を建立し、自ら守護神となりました。この御嶽の最大の特徴は、一般的な御嶽が自然(山や森)を祀るのに対し、「実在した人間」を神として祀っている点にあります。現在も竹富島の人々からは「島の守護神」として深く崇められており、特に学業成就や技芸上達のご利益があると言い伝えられています。赤瓦の民家が並ぶ集落の中心部にあり、竹富島の歴史と誇りを象徴する大切な場所です。