弔 梟首台の静寂なひととき。
晒し場(梟首台)の特徴
新旧の墓地が共存する歴史的な場所です。
梟首台の石が静かに佇む神秘的な雰囲気です。
弔 梟首台と刻まれた自然石が印象的です。
「弔 梟首台」と彫られた自然石の後ろに二基の梟首台があります。梟首とは晒し首のことです。左が日蓮宗用で題目石が、右はそれ以外用で六地蔵が台の背後にあります。付近には草生した宝篋印塔などもありうら寂しい雰囲気です。ちなみに梟首刑は明治12年(1879)年1月4日太政官布告第1号により廃止されました。(別の日に行ったらお地蔵さんには赤い涎かけが掛けられてましたが、題目石は倒木もあり荒れ果てた様子でした※なお写真の石の台は単なる葬式施設で、梟首台は都度木製で建てられるという説もあります。
令和5年12月下旬訪問です。備前一宮駅(徒歩4分)・吉備津彦神社(徒歩2分)・吉備津神社(徒歩20分)・駐車場(吉備津彦神社)ありの場所です。案内板等は無く、地元の方にも殆ど知られておらず、県内でも数少ない死の歴史を感じる場所ですね。管理等はしっかりとされておりますが、周辺は墓地になっており帰りには吉備津彦神社を参拝されるのをお勧めします。注意∶吉備津神社側からは見通しが悪く、車には十分気おつけて下さい。
梟首台の石があります。岡山藩で打ち首にされた罪人の首を国境のこの辺りで晒し首にしていたと聞いています。
| 名前 |
晒し場(梟首台) |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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新旧乱立する墓地の一角に埋まるようにありました。大きく刻まれた弔の字が確かに数百年前この場所に生首が晒されていた事実を物語るようです。案内看板等は一切無く風化して行く仄暗い歴史の一端です。この手の場所にありがちな腥さがあります。