任助親王の御陵を探訪。
任助親王墓の特徴
任助親王の御陵は、宮内庁管理の特別な場所です。
16世紀の皇族、任助法親王にまつわる歴史が知れる貴重なスポットです。
見学時に親切な管理者からお話が聞けることがあります。
任助親王は16世紀を生きた皇族で、兄にあたる伏見宮邦輔親王は現在の天皇に直接連なる皇族です。 任助親王も、奈良天皇の御猶子(現在の養子にあたる)でした。 皇族に産まれた任助親王でしたが、天文8年(1539年)御年15で出家し、京都の真言宗御室派の総本山・仁和寺の門跡(後継者)になりました。晩年に九州へ法流宣布に向かう際、同宗派の宮島・大聖院へも立ち寄ったところ、師の死後あとをついでいた、現在の座主/住職にあたる要職・大聖院良政がまだ年若く、その教授のためしばらく宮島に滞在することとなりました。 やがて人びとから「厳島御室様」「室様」と敬い慕われるようになった任助親王ですが、そのまま宮島にて病に伏せ、座禅のままお隠れになってしまったのだそうです。生前の任助親王が、宮島の対岸である現在の宮島口付近・赤崎を愛したことから、現在の場所を墓所とし、桜の木も植えられたと伝えられています。
任助法親王の事績に関する説明版があれば、よいと思います。
地元でもあまり知られていませんが任助親王の御陵です.宮内庁の管理する土地であるため普段は入ることができませんが,管理の方がいらっしゃる時にはお話を聞くことができます.
| 名前 |
任助親王墓 |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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普段は中に入れないとのことですが、訪れた際、ちょうど中で掃除をされている方がおられて中に入れてもらいました。一人の方のお墓としてはかなり広い敷地です。宮島を見渡せるように海に面して五輪塔が建てられたと思われます。今はその前をJRの線路が横切っています。