幕末の薩摩藩士が眠る墓。
薩藩戦死者墓の特徴
相国寺の東門前に位置する歴史的な墓所です。
蛤御門の変や戊辰戦争の戦死者を祀った場所です。
戊辰役や甲子役の薩摩藩士たちが合葬されています。
同志社が薩摩藩邸でした。幕末の戦死者をお祀りしています。 Doshisha was the Satsuma clan's residence. It enshrines the war dead at the end of the Edo period.
相国寺の東門前に薩摩藩の甲子役(禁門の変)、戊辰役(鳥羽伏見の戦)で亡くなった戦死者の墓所があります。幕末に思いを寄せてみてはいかがですか。
(18/11/15)1864年(元治元年)7月の蛤御門の変(禁門の変)と、1868年(慶応四年)1月の鳥羽・伏見の戦いで戦死した薩摩藩士が合葬されているということです。中には入れません。京都では同様の薩摩藩士の戦死者墓が各所にあります。
甲子役戊辰役薩藩戦死者墓と記されています。「甲子役」は蛤御門の変、「戊辰役」は戊辰戦争ですね。石碑は大正5年に建てられたそうです。敷地は施錠されていては立入ることはできません。ちなみに次の甲子の年は大正13(1914)年、阪神甲子園球場が建てられた年です。
世に言う1864年の蛤御門の変(禁門の変)と、1868-1869年の戊辰戦争で戦死した薩摩藩兵の合葬墓である。これらの激戦で多くの旧幕府兵、長州藩兵が亡くなったが、薩摩藩兵にも相当数の犠牲者が出た。実際のところ、彼ら藩士一人一人の戦死があったからこそ新政府、明治日本が生まれたのだ。この立派な墓碑の前で、私は思わずリンカーンのゲティスバーグ演説を思い出した。彼ら薩藩勇士の奮闘が目に浮かぶ。
| 名前 |
薩藩戦死者墓 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
京都市上京区の相国寺塔頭・林光院の境外墓地にある「薩藩戦死者墓」は、幕末の禁門の変(1864年)と鳥羽・伏見の戦い(1868年)で戦死した薩摩藩士72人を合葬した墓所です。当時、養源院が野戦病院となっていた縁でこの地に眠っており、歴史的な経緯を伝える史跡です。