歴史感じる静寂の海晏寺。
海晏寺の特徴
江戸三十三観音霊場と東海三十三観音霊場の一部です。
松平家や岩倉家の墓所がある歴史あるお寺です。
第一京浜の隣にある、補陀落山の静寂な雰囲気です。
江戸三十三観音霊場と東海三十三観音霊場の参拝でそれぞれ別の日にお伺いしました。曹洞宗系単立のお寺で補陀落山海晏寺といい江戸観音霊場番外札所、東海観音霊場の旧第三十番札所になりますが現在は東海三十三観音霊場の札所から外れています。御本尊は聖観世音菩薩になります。建長三年(1251年)鮫洲に浮上がった大鮫の死体から正観世音菩薩木像が出てきたことからその正観世音菩薩木像を安置するための堂宇として、鎌倉幕府第五代執権北条時頼公が開基となって宋から渡来した禅僧蘭渓道隆の開山により臨済宗の寺院として海晏寺境内に庵瑞林として創建されたのが始まりで、この地域一帯の「鮫洲」という地名の由来にもなっています。戦国時代戦火により荒廃しましたが徳川幕府初代将軍徳川家康公の命により文禄二年(1593年)天叟慶存を招いて臨済宗建長寺派から曹洞宗寺院として中興開山し海雲寺になりました。境内の墓地には越前福井藩第十六代藩主松平春嶽公や明治維新の十傑の一人岩倉具視公の墓がありますが公開はされていません。
今回、親族に場所を聞き、先祖のお墓参りをしに初めて海晏寺を訪れました。事務所にいらしたお婆様が大変気さくな方でした。とても歴史のあるお寺のようで、古い墓石も多く見受けられました。一部の墓地は一般の方でも入れるようですが、他は鍵の掛かった門があり、関係者以外は立ち入り禁止となっているようです。岩倉具視のお墓のある場所も同様です。ちなみに、御朱印の受付などはやっておりません。
立派な境内は整っているけれど、お堂はがっちり閉鎖中。お墓参りに特化しているのか、ぶらり参拝者には冷たいかぎり。
松平家、岩倉家の墓所は裏のフェンス越しに拝めるだけです。機関銃の台座のようなものが見えます。
見た目立派なお寺。入ったことはありません。
第一京浜の隣にある、曹洞宗のお寺。本堂裏の墓地には岩倉具視や松平春嶽、由利公正といった幕末・明治維新期に活躍した人々の墓所があるそうですが、一般には公開してないそうです。境内は静かで広く、都心にあるとは思えない感じがします。
都内と思えないような静寂な雰囲気があります。立派な本堂?は見応えがありますよ。
「かいあんじ」と読みます。第一京浜沿いにあるお寺で、とても広い境内と立派な本堂があります。見ごたえありです。
歴史あるお寺です!
| 名前 |
海晏寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3471-0629 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
|
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品川区南品川。1251年創建。鎌倉幕府執権であった北条時頼が宋から禅僧・蘭渓道隆(大覚大師)を招いて創建しました。その後、戦乱で衰退しますが、1593年に徳川家康によって曹洞宗を廃して臨済宗の寺として再興されました。江戸時代は紅葉の名所として歌川広重の浮世絵にも描かれています。2019年には臨済宗を脱して単立寺院となっています。訪問した感想としては、明らかに部外者を歓迎しない雰囲気がありました。境内には岩倉具視のお墓がありますが、関係者以外立入禁止。柵越しから少し見えるものの、それもほんの少しなので写真も撮ってません。岩倉氏のお墓には他の方の口コミにもあるように機関銃の台座のようなものが見えます。他にも福井藩主・松平慶永のお墓もありますが、ここも立入禁止です。罪刑法定主義を守った児島惟謙のお墓は見れるようですが、とても長居できる雰囲気ではないので足早に退散しました。