長慶天皇と承朝皇子の陵。
長慶天皇皇子 承朝王墓の特徴
承朝皇子の陵墓は歴史的価値が高い史跡です。
長慶天皇嵯峨東陵内に位置し、訪れる価値があります。
父と一緒に埋葬されていることが特別な体験です。
長慶天皇の皇子である承朝皇子の陵墓です。参道から入ってすぐ左に長慶天皇の嵯峨東陵があり、その先を進んだ左に小ぶりな承朝王墓があります。
長慶天皇嵯峨東陵内に父と一緒の墓所として宮内庁が治定。海門承朝と云う名で仏門に入り、相国寺三十世や南禅寺百三十三世を勤めた後、父の菩提を弔う為に此の地に鹿寿院を建立されたとされていますが、既に廃院となっており、国は明治大正期からの富国強兵国威発揚目的で此の鹿寿院跡を御陵としたようです。
| 名前 |
長慶天皇皇子 承朝王墓 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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長慶天皇陵に並ぶ陵墓です。ここも1944年に造営された新しい陵墓です(経緯は長慶天皇陵のクチコミ参照)。整然と整備された優美な陵墓で、少しだけ鳥居の奥に塚が見えています。長慶天皇陵と違い、少しだけ草が生えていました。承朝王(海門承朝):父は長慶天皇、母は未詳文中3年/応安7年(1374年)誕生?元中9年/明徳3年(1392年)の南北朝合一後に落飾。相国寺や南禅寺など、様々なお寺の住持を務めた。応永年間に父 長慶天皇の菩提を弔って慶寿院を開いたり、父の遺命で観心寺(河内長野市)の座主(住職)も務めている。嘉吉3年(1443年)入寂。享年70?