岩屋山の神秘、心震える杉の木。
岩屋神社(岩屋町)の特徴
岩屋山の登山途中にあり、神木の杉と共に訪れる神社です。
鬱蒼とした木立に囲まれ、静かな雰囲気が漂う場所です。
歴史ある岩屋神社には、梅園がある参道が魅力的です。
【御祭神】○岩屋山大権現 弥陀 釈迦 観音 三身○建速須佐之男命 防災防疫や歌人の神○稲荷大神 稲作、農業の神【御利益】良縁祈願 学問上達 文学上達 病難除去水難除去 火難除去 五穀豊穣 厄除け商売繁盛 病気平癒 林業守護 など霊峰岩屋山の略歴○開山人王四十三代元明天皇の御代和銅年間菅原寺大僧正行基菩薩筑紫巡回の砌り開山されたと伝えられ、弥陀、釈迦、観音、三身を安置し、岩屋山大権現と称す。○弘法大師入山平安時代の初め弘法大師が唐からの帰途長崎港外香焼島に立ち寄られ、其の後大師は岩屋山に登り神宮寺に於いて護摩を修せられ以来寺門は大いに繁栄し、別院三十六坊を建てた。○霊山焼討弘治元年有馬の兵当山に乱入風上より放火本坊別院とも残らず灰燼となり、八百余年続いた信仰の殿堂も消滅し、其の後旧跡に小堂を建てて祭祀したるも、僅か二十年後天正二年切支丹宗徒蜂起して、残存せし堂塔悉く破壊された。○神宮寺再興萬治三年大村因幡守純長武運長久領内静謐を祈願長崎医王山延命寺二代住職法院尊覚を請うて開基とし、岩屋山神宮寺を再興し後神通寺と改称し、大村池田にある宝円寺の末寺とし、大村家累代の祈願所となり爾後年々二人扶持を大村家より寺に附せられた。○廃仏毀釈明治維新に際し廃仏毀釈の声高く、神通寺は廃され岩屋神社となり、社僧は神職となる。○大水害昭和五十七年七月二十三日未曾有の長崎大水害に於いて、拝殿山門等悉く倒壊流出したるも、氏子信者の願望寄進により平成元年復元完成し現在に至る。岩屋山六部大師堂の由来光明空存六部大師堂日本廻国の六十六部「一説に此の六部は某諸侯の子息で故ありて諸国を遍歴中、岩屋山神宮寺に来た時に脚気病に罹っていたが性来の大酒禁ずることが出来ないで、遂に当地で客死したものであった」が当地に来たり病んで没せし際、我生きて空しく年月を経たるのみ死後に於いて脚部の病苦に患む者は、我を祈らば必ず誓って病苦を救わんと語った死するに及び神通寺の墓地現在地に葬ったが祈れば験があるので後人脚気病平癒の神とし遠近に語り伝えて参拝する者が多い。長崎市史抜書。
岩屋山に行かせてもらう時いくつもの神木(杉)に手を合わせ登りました!
虹が丘小学校の近く、鬱蒼とした木立の中、古くて小さな神社です。登り口までは車で行けます。
参拝〜参道から、とても神秘的です。色々な鳥居があって素晴らしかった。
静かです緑に囲まれています。
厳かな神社でした。
参道途中にある梅園。毎年遅めに咲くようです。山肌にあるので斜面を飾って綺麗です。
歴史有る岩屋神社に孫3人、娘夫婦、友人が3名で初詣でしました。毎年、三ヶ日に登ります。✊‼️
歴史有る岩屋神社に孫3人、娘夫婦、友人が3名で初詣でしました。毎年、三ヶ日に登ります。✊‼️
| 名前 |
岩屋神社(岩屋町) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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洞窟神殿を目的で来ました😊✨しかし、途中の巨大な杉の木🌳が、1番神秘的でした😳 ̖́-︎😳 ̖́-︎😳 ̖́-︎木製の鳥居⛩️も 😳❕🌀全体的に雰囲気もあり、想像よりも素晴らしかったです‼️✨✨杉が、やっぱり1番‼️何かしら、本能的⁉️に感ずるところがありました😊😊😊