都会の中の幸せ薬師像。
しあわせ薬師如来の特徴
コンクリートの中に慎ましやかに佇むお堂の印象です。
薬師如来像は真言宗由来で弘法大師の名も登場します。
表通りに面していて、手軽に参拝できる立地です。
長光寺境内右手にある。
今やさまざまな国の人が訪れ、韓国だけでなく中国、東南アジア諸国、中東諸国の人が店を広げ、欧米やアフリカからも人が来ています。世界の人々が平和になれますようにと、如来様は祈っていらっしゃるようです。
めちゃくちゃ都会の中のお寺です。幸せ如来様はご利益ありそう。座禅のお寺でもあります。毎年5月23日にはお寺をあげての大きな法要があります。住職様や奥様もとても親切で良い方でした。
通りすがりにお参り。御朱印は後ろの長光寺さんでいただけました。
縁起にある「久世三四郎」は広宣ではなく長男の広当(ひろまさ)を指す。戦災により薬師堂が焼失し(本尊は疎開)再建されていなかったが、本堂建替に伴い2001年に現在の形で復活を遂げた。根強い信仰が続いたが故の出来事だろう。
コンクリートの建ち並ぶ中に慎ましやかにお堂。
曹洞宗玉寳山長光寺さんの門前にある薬師如来像(新宿幸せ薬師)は、WEB情報では、下記のように書かれています。御守りは、お寺で買えます。江戸時代、現在の歌舞伎町に大名屋敷を構えた久世三四郎は、幕府鉄砲組百人隊の頭を拝し、与力同心の屋敷を建てて百人町を開きました。ある夜、久世家に古くより伝わっていた弘法大師作の薬師如来が枕辺に顕れ、 「ぜひ一宇を建てて前の長光寺の寺域に移してほしい。そうすれば我はその地に永くとどまりて衆生に幸福を授くべし。」 と告げられました。 この霊夢ののち、薬師堂が建てられ近郊の善男善女が参拝し祈願するようになりました。明治、大正時代には屋台もでて多くのお参りがありましたが、先の大戦でお堂は焼失。かろうじて疎開してあった尊像は、本堂建設に併せて薬師堂「新宿しあわせ薬師」を信者の喜捨で建立し、現在でも昼夜にわたりお参りが絶えません。
【2021.8.16 参拝】ドン・キホーテに行く途中に 何度も通っているはずなのに、気がつきませんでした。【曹洞宗 玉寶山 長光寺】の敷地の隣にありますが、不思議なことに【しあわせ薬師如来様】は 宗派が違うようです。そばにあった塀に【真言宗】と書かれてありました。釈尊の誕生地、成道の地、入滅の地と 足元にあり、ご本尊に近づくに連れて 物語のように進んでいます。新宿百人町の「百人」は、鉄炮組百人隊が由来と知ることができ、大変勉強になりました。
表通りに面していて多分時間による参拝制限はありません。車椅子だと柵と段差があるのでお参りが厳しいです。ある程度近づいてお賽銭は他の人に入れてもらうか投げるのがよいかと。鈴はならせません。
| 名前 |
しあわせ薬師如来 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
03-3209-5360 |
| 営業時間 |
[月火水木金] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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お大師様がお彫りになったと伝承される有り難い薬師如来像が安置されているとエピソードだけでもご利益に溢れています。