復元された常磐橋で歴史を感じよう。
常磐橋の特徴
明治10年に架けられた洋式石橋で、歴史ある建造物です。
東日本大震災から復元された美しい常磐橋の姿を見せています。
日本橋と大手町を結ぶ橋として、アクセスに優れています。
常磐橋という地名の由来となった日本橋川に架かる橋。ハイカラな雰囲気漂う洋風の橋である。
周りの石垣は歴史を感じさせるが、橋自体は石造りで江戸時代という感じではない。同じ名前の橋がもう一つあるので、間違わないように。
何度も復元されいますが、都内最古の石橋です。戦国時代と江戸時代の石垣を見ることができます。
復元修理された石橋です。石垣の向う側に、 透明樹脂の工事用壁パネルで囲われて、 修復作業前の旧資材・石材が 屋外ミュージアムとして展示されています。今は素晴らしい橋を自由に往来できますが、 アーチ型の橋の石材を一つづつ外しては 番号を付番・記録して、 補修しながら元通りの形に積み直して 綺麗な石橋の姿に戻すのは 大変だったろうと思います。
日本橋川に架かる石橋。大手町と日本橋本石町を結んでいます。大手町側は江戸城常盤橋門跡、日本橋側は日銀本店となっています。文明開化期を象徴する国指定史跡です。江戸期には木橋でしたが、明治10年に石橋に架け替えられました。都内唯一の洋風石造アーチ橋として貴重です。その石材の多くは、江戸城小石川門の石垣の再利用であることが石材に付けられた印から分かっています。現在の橋は、東日本大震災後修復したものですが、当時の絵図や写真を参考に、できる限り当時の石材を用いて再現されています。緩やかなアーチ、車道と歩道の石板による色分け(現在は歩行者専用橋ですが)親柱の上の傘、中央の橋台の流線型の水切り石、手すりの唐草様のデザインなど明治の建設時の特徴をよく再現しています。日本橋側(日本橋川左岸)に船着場が、大手町側に常盤橋公園、枡形門石垣、渋沢栄一翁の銅像があります。2025年2月中旬訪問。
日本橋三越から大手町に向かう際に渡る橋です。お江戸日本橋らしい閑静な場所です。
外堀通りを東京駅方面へ向かうと日本橋川にモダンな石橋がかかっています。初代の常磐橋が掛けられたのは徳川幕府誕生前の1590年。その後、造られた常盤橋門は江戸城の外郭の正門でした。門自体は明治六年に撤去されましたが立派な石垣が今も残っています。常磐橋が石橋になったのは明治十年のこと。実は東京で最も古い石橋の一つで現存するのは、これだけなのです。しかし、そんな文明開化の遺産が東日本大震災で崩落の危機に。そこで石を一つ一つ積み直し九年かけて修復。復活を果たしたのでした。
近年開発が進んでいる常磐橋付近は周囲を丸の内、大手町、日本橋に囲まれた地域で周りがメジャースポットである為一見地味ではある。そのような場所のスポットである常磐橋は、江戸時代には江戸城の外堀に設けられた枡形門の中では最も重要な常磐橋御門に架かる橋であった。明治時代に入ってから従来の木造橋から石造りの橋に架け直された。その際、他の御門の石垣を崩したものを再利用して建設された。1923年9月1日の関東大震災では崩落しなかったが石組みの一部が崩れてしまい再建が必要となった。しかし街の再建を最優先した為橋はそのままとなり、少し離れた場所に新たに大きな橋(常盤橋)が建設された。その後晩年の渋沢栄一により再建がされ、現在に至るまで「ときわばし」が2本隣あわせで架けられた状態となっている。
明治10年に架けられた洋式石橋ですが、長い補修作業の末にやっと修復された石橋です。日本銀行と常盤橋公園を繋げる橋です。橋を渡っていると、常盤橋門の石垣が見えてきて、時を渡っているような感じです。景観を台無しにしている首都高の橋脚も地下化で将来的になくなるので、日本橋ともども大きく景観が変わる橋になりそうです。そうなると日本銀行の近代的なビルディングから常盤橋を渡れば、常盤橋門の桝形門の中へと時代が越えたような光景が期待できます。
| 名前 |
常磐橋 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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こちらが「磐」の方の常磐橋白い石造りの橋で重厚感と歴史的な重みを感じられます。