天神山城の絶景、急傾斜体験!
天神山城跡の特徴
天神山城の頂上から見える絶景は格別です。
軍用石がゴロゴロ、足元に要注意の登山道です。
河本登山口から整備された登山道を楽しめます。
この後、矢筈城を予定してたので楽なキャンプ場から。平坦な尾根を歩く。太鼓丸から本丸までは結構な岩場の下り。下の段で引き返しましたが、いつか麓から侍屋敷まで行きたくなりました。
うぉーっ!これは、中々の醍醐味。この地の抗争語る中で、ここは外せず、来たい想いはあったが、チョット位置的に山陽、中国道からも外れ、思い切って来てみた。結果は、大満足。登城路は複数あるようですが、水の手、馬越ルート選んでみた。階段整備されてるようで、落ち葉に埋もれた道。倒木跨ぎ、倒木乗り越え、ホントにこの道?と思う箇所あれど、処々に遺構らしきもの見え隠れ。尾根筋、堀切までたどり着けば、後は、平行移動。郭内図辿れば、櫓跡、本丸、二の丸、三の丸と、遺構の数珠つなぎ。これぞ、連郭式遺構。尾根筋縦走。とても、堪能しました。後から調べたら、南側の[和気 美しい森]というキャンプ場側から攻めたほうが楽だったみたい。なんちゃって城跡宿泊施設もあり、遺構をもっと楽しめたみたい。
ちょっと怖さを感じるほどの急傾斜を感じる城。もっとも、慎重に行動して登城していれば大きな危険はないと思いますが、川から一気に山が立ち上がる様は迫力があります。山麓西側の屋敷地跡の探索は、城ファンなら楽しいはずです。
天神山城は標高338m(比高約310m)に位置する堅固な山城である。尾根づたいに繋がる隣の太鼓丸城(古天神山城)と合わせるとその城域の長さは1km以上に及ぶ。その比高から麓から登るとすると非常に難易度の高い城であるが、和気美しい森から尾根づたいに太鼓丸城を通って天神山城まで来ることができるため便利である。ただし、その距離は1km以上あり、太鼓丸城から天神山城に至る間に一気に比高150m程度を登り下りする必要があるため、そのルートであってもそれなりの苦労はさせられる。天神山城は浦上宗景の本城である。浦上氏は播磨守護赤松氏の守護代であったが、宗景の時には主君である赤松氏の勢力を上回っていた。浦上宗景は全盛期は備前、美作、播磨に勢力を伸ばすが、自らの部下であった宇喜多直家が毛利氏と手を結び天神山城を攻められ1575年頃に落城したと考えられる。天神山城は尾根づたいに大変長い城域を持ち、一部石垣も残っておりスケールの大きな素晴らしい山城だと感じた。桜の馬場にある大手門から周囲の帯曲輪を探索したが、ここにも多くの崩れかけた石垣を見ることができた。
浦上宗景城主。築城天分23(1575)年ごろ、落城天正3(1575)年ごろの宗景1代で短期間城のようです。落城は宗景の家臣だった宇喜多直家により。城跡東側の和気美しい森公園(無料駐車場、城説明板あり)から入城しました。公園の歩道を北西に進むと入口ゲート説明板がありさっそく城郭域。城跡は北西方向に1km以上と細長く、手前の太鼓丸城(旧天神山城)と天神山城の2つの城域からなり、太鼓丸櫓までは割と平坦でそこから下り、天神山城への登りとなります。各所見どころ随所にあり説明板俯瞰図に対応した標識が現地にあるわかりやすかったです。当日は雨天でしたので岩場注意しながら、途中ピンク花の樹木がきれいでした。公園駐車場から天神山本丸まで約50分でした。
裏山の水の手から上りました。きちんと整備はされてますが、落ち葉が凄くて滑りそうになります。かなりの急坂でしたが20分くらいで登れました。山城の様々な要素が組み込まれていて、満足感はかなりのものです。
北東の水の手に車を停め、天神山城と太鼓丸の分岐点を右に行き、キツイ登り道の先に堀切があります。 岩肌を削った様な堀切で、その先に南の段、南櫓台、馬屋の段、飛騨の丸と続いています。 飛騨の丸は上下2段になって、その背後に主郭が東西に細長く配置されています。 Ⅱ郭から長屋の段、桜の馬場、Ⅲ郭、西櫓台、下の段と西に続いていて、長屋の段の西側の切岸が岩盤で見応えがあります。 桜の馬場は城内で最も広い曲輪で、その北下に大手門、百貫井戸があるというので下りてみると、大手門石垣らしい石積みは散見出来ましたが、井戸は150m先との表示があったので諦めました。 尾根上を削平して多くの曲輪を設けた縄張りで、基本的には段差で防御する形になり、土塁や空堀、堀切も余り多くない城ですが、規模の大きさは備前支配者の居城に相応しいものです。 駐車場から主郭まで35分。 (2010年登城)
天石門別神社脇の登山口から登りました。最初から郭までずっと激坂です。今度はキャンプ場方面から来ます。死にます。県指定文化財だけあって手入れは良好です。紅葉の季節で平日だったので絶景を独り占めできました。主君と兄弟を裏切り一瞬の栄華を誇り、家臣に裏切られ落ちぶれる浦上宗景公の一生を彩る天神山城。景色、遺構とも最高でした。
最初は登りやすいのですが、途中から軍用石として使われた石がゴロゴロしていてるので足下注意が必要です。あと、本丸の看板が欲しいです。いつ、本丸着いたかわからないです。倒れてる看板もあったし。
| 名前 |
天神山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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北面から登城を試みましたが、多数の落木に阻まれて登山口にたどり着けず。「待て、これは宇喜多和泉の罠だ!」危うく、謀聖の計略にかかってしまうところでした。マチェットとか軍手を持ち合わせていなかったので、自力除去は諦めて此の度は一旦下山しました。計略にかかっていたら、準備不足の私めの手が擦り傷でエライことになっていたでしょう。