歴史が息づく豊福城跡。
豊福城跡の特徴
阿蘇氏や名和氏の抗争があった歴史的な場所です。
豊福城跡は形が良く残っており、整備された景観が魅力です。
遺構が分かりやすく、草も綺麗に刈られているのが印象的です。
豊福城(熊本県宇城市松橋町豊福)戦国期豊福城は相良氏と相良氏から八代古麓城を奪われた名和氏との幾度も領有争いした激戦地。天正9年(1581)島津氏が相良氏を降ろし相良義陽が響ヶ原の戦いで討ち死にすると八代郡を入手。豊福城は島津軍の宿営地と利用され堅志田城攻撃の際にも利用。2021年訪城。周囲が堀のようで草地の高台に主郭がある。開発により改変されていて工事などで土器類が多量に出土したとのこと。
図による説明板もほしい。
先祖との関わりがあるかもしれない。
平城で館城だろう、形が良く残っている、良く整備されている、竹崎城跡と関連は充分に有りそう?
草も綺麗に刈ってあり、遺構が分かりやすいです。
阿蘇氏や宇土、名和氏、相良氏との抗争になった場所です。主郭の上から見れば、埋もれてたりはしますが、堀のあとや削平や郭のあとが見受けられます。さて問題は駐車場で、南側の入口にせいぜい1台しかとめられません。埋まっていたら路駐可能な場所をさがすか、他の駐車場を探すほかありません。整備はされている城とはいえ、夏は虫対策必須です。中世の平城、要塞の形を学ぶには良い城の史跡です。とっても残念なのは、最近まで顧みられなかった為、周辺部が宅地化されてたり、主郭部にはゲートボール場とこか倉庫とかが建てられてました(その際、かなりの出土品がでたらしいけど、ゴミ同然に扱われていたとか)で、ごく最近になって整備が進みました。どこかの城のように、最近の工事で痕跡もない。っていうのよりはマシだけどね。
| 名前 |
豊福城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
|
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例の如くGoogleMapsのルート案内では北側私有地から徒歩コースを案内されましたので東回りで半周して南側までやってきたところで案内看板がありました。最初近所の方なのか通路上に1台駐車されてましたので、誰かが駐車しとったら2台目以降駐車できんやん!って思いましたが一応寄せてあったので通過して主郭まで車で行くことができました。私が行った時はたまたま業者の方が郭の草刈りをされている日でしたので、逆に言うと草刈り前の時期に行くとほぼ何が何だか分かりにくい状態かもしれません。航空画像で道に囲まれた範囲が城の縄張を一回り小さくした範囲になっているので割とイメージはしやすいのですが、教育委員会による1996年製の説明板は文字情報のみなので、今後新設される際は縄張図も載せてもらいたいものです。ちなみに縄張は北側は太陽光パネル畑になっているとこまで。南側以外の三方は幅20~30m程の内堀があったそうですが、現在は全て埋立てられているので田んぼか住宅地になってしまっています。真東に200m程行くと相良氏時代の豊福城もあったそうなんですが、こちらは現在案内看板等も何も存在していない状態で、一応頂部は平坦地になっているそうなので、北西部の高速側道から林道を通るなどすればもしかすると頂部に到達できるかもしれません。現在の豊福城跡は"ひとよし歴史研究第八号(鶴見俊彦,2005)"によると小西行長による築城の可能性も指摘されているそうです。