観音崎灯台近くの文学碑。
西脇順三郎 文学碑の特徴
観音崎灯台へ向かう海岸沿いに位置する文学碑です。
西脇順三郎を称える独特の存在感があります。
詩人の地位と役割について考えさせられる場所です。
西脇順三郎さんの文学碑が観音崎灯台に向かう途中の海岸沿いに唐突にありました。灯台へ行く道まだ夏が終わらない灯台へ行く道岩の上に椎の木の黒ずんだ枝やいろいろの人間や小鳥の国を考えたり「海の老人」が人の肩車にのって木の実の酒を飲んでいる話やキリストの伝記を書いたルナンという学者が少年の時みた「麻たたき」の話などいろいろな人間がいったことを考えながら歩いた西脇順三郎氏は明治27年1984年新潟県小千谷市で生まれた詩人で、少年時代には画家を志望していましたが父の急死により断念しました。やがてオックスフォード大学に留学、大正14年1925年英文詩集を刊行しました。西洋的教養と日本的感性を融合させた独自の詩風でノーベル賞候補にもなりました。息子さんの遠足に同行して以来、観音崎には幾度も訪れているそうです。
| 名前 |
西脇順三郎 文学碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/2120/g_info/l100004011.html |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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日本では詩人の地位や役割が、尊重されてはいない気がします。西脇はノーベル文学賞の候補にも9回程有るとのこと。処女詩集はロンドンで英語で出版。大学の専攻は経済で卒論はラテン語で提出。日本人にもあまり理解されてない詩人であるが、日本を理解していたと言われるドナルド・キーン氏はノーベル賞の選考ではなぜか冷淡な評価をしていたとの記録もある。谷崎寄りのキーンさんには、純西洋風の西脇氏の作風は日本的でない為に、蚊帳の外に置かれたのかもしれない。ともかく、偏狭な文壇にあって早く生まれすぎた才能なのかもしれない。