西南戦争の歴史が息づく、瑞寶山長昌寺。
長昌寺の特徴
重岡地区の重要な拠点、臨済宗妙心寺派の寺院です。
西南戦争の歴史を背負った、瑞寶山長昌寺の魅力があります。
格別に響く和尚さんのお経に、親戚中が感服する場面も。
重岡地区のお寺、臨済宗妙心寺派「瑞寶山長昌寺」。延宝元年に落慶(1673年に新築完成)お寺には、「長昌寺五輪塔」という市指定有形文化財もある。
西南戦争で重要な拠点となったお寺です政府軍と薩摩軍のベースキャンプに交互にになった寺院ですお寺の取り合いが勝敗を決めたのではないでしょうか。
和尚さんのお経は格別よく響くと親戚中感服しております。見た目は織田無道似ですが、いつも穏やかな優しい和尚さんです。
和尚さんのお経は格別よく響くと親戚中感服しております。見た目は織田無道似ですが、いつも穏やかな優しい和尚さんです。
| 名前 |
長昌寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0972-52-1094 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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重岡の長昌寺と言えば、西南戦争時、薩軍の偵察活動の最中に竹田で命を落とすことになる、藤丸宗造警部が派遣された佐伯警察署重岡仮分署が置かれた場所として知られていますが、同寺背後にある墓地内には、同じく西南戦争で命を落とした薩軍兵の墓が1基残っています。埋葬者は、鹿児島県加世田出身の鮫嶋孝左エ門で、明治10年6月9日の大分県臼杵城下の戦いで負傷、翌10日に没しました。そしてこの墓石は、明治11年5月に共に従軍したであろう加世田出身者22名によって建てられた旨が、墓石左面に刻まれています。------------------------------------------------(正面)鮫嶋孝左エ門墓(右面)鹿児島縣加世田郷士族明治十年弟六月九日臼杵城下戰没(左面)十一年弟五月十日建立加世田同列 仁禮明名 吉峰宗⬛︎ 外二十名------------------------------------------------