華やかな彫刻に彩られた神社へ。
王子神社の特徴
村を見下ろす高台に位置し、絶景が楽しめる神社です。
正徳三年に建造された本殿には、華やかな彫刻や彩色が施されています。
駐車スペースは階段前に限られ、アクセスが少々難しいかもしれません。
県道37を佐伯市街から南下し道の駅かまえ前のR388を左折し蒲江町市街に入り左の屋並みを抜け右側の山際まで進むと神社は鎮座している。神社の由緒等は掲示してある。参道は第一鳥居から石灯籠、第二両部鳥居(県下では見かけることのほとんどない両部鳥居でステンレス製である)、150段位の石段を上ると玉に乗る狛犬、手水舎、御社となる。向拝の梁の上の龍の彫り物、木鼻等が色図けされ鮮明に見える。王子神社の名は蒲江地域が県内では多く分布しているような気がする。
階段前くらいしか車を停められそうなスペースはない。
この神社は村を見下ろす高台にあり、正徳三(一七一三)年の建造で本殿は華やかな彫刻や彩色に飾られています。棟札には倉橋友沢吉右衛門政行の名があります。享保四(一七一九)年から五年にかけて蒲江浦での越年を願い出た倉橋船大工に「吉右衛門」の名が見えます。つまり、この本殿は広島の倉橋島の船大工により建立された可能性が高いのです。 広島大学の三浦正幸氏によれば、この本殿は寺社建築の専門家の手によるものではないとし、同様のデザインが倉橋島大神社本殿にもみられると指摘しています。 この他にも、西野浦には広島の倉橋島の船大工の移住を伝える倉橋姓の方がいます。その縁戚にあたる富森氏は代々船大工でした。この背景には、江戸時代の安芸・伊予・防長・豊後の諸国が瀬戸内海をはさんで経済的な結びつきを持っていたことの一つの反映でしょう。佐伯領の場合は、漁業の盛んなところが多く、海産物は佐伯藩にとって領外との交易での重要交易品でした。そのため倉橋島の船大工たちは漁船づくりを中心に浦々を廻っていたのではなかろうか。その延長に本殿造営が倉橋島の大工の手によってなされたのかもしれません。
| 名前 |
王子神社 |
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| ジャンル |
/ |
| 評価 |
4.8 |
| 住所 |
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30年ぶりにお参りさせていただきました。