1200年の歴史、光明寺で御朱印巡り。
光明寺の特徴
九州八十八ヶ所霊場第三十九番、御朱印が本殿にあるお寺です。
聖武天皇の勅願で創建された光明寺は歴史的な魅力があります。
楼門には木彫りの大きな仁王像が立っていて印象的です。
九州八十八ヶ所霊場第三十九番、御朱印は書き置き御朱印が本殿の中にあります。
筑後市津島に1200年以上前からある筑後市内で最も古い寺院古刹「叡興山 光明寺」。この光明寺は天平729年聖武天皇の詔勅により「行基菩薩」が開創したと伝えられてます。また、このお坊さんは日本で一番最初に大僧正(最高位)になり、あの奈良の東大寺造立の責任者だった偉い方です。入口仁王門の両側、こちらの仁王像は鎌倉期の仏師運慶の子の湛慶(たんけい)の作と言われてます。参道を通り右手には大師堂があります。こちらでは四国の八十八ヶ所の石像を安置し、石畳の下には各寺院の砂を配置してあるので、お砂踏みをし、各寺院を巡り参詣したら同じ功徳があると言われてます。更に参道を進むと、本堂手前の両側に石造九重塔が2基あります。左側は江戸期のもので、右側は1175年鎌倉時代に平清盛の嫡男、平重盛が建立したと伝えられてます。なお、右側の塔は県指定文化財に指定されております。さらに奥にあるのは1836年に建立された本堂です。本堂の中へ入ることができ御詣りを。(御朱印はこちらにあります)中には33年に一度しか開扉(近年は2017年10月)されない秘仏の『本尊十一面千手観音像』が祀られてます。次は30年後になるので是非見てみたい仏像ですね〜他にも指定文化財の仏像が多数祀られてます。光明寺は「戦勝祈願のお寺」の言われがありますので受験や各種試験の合格などの御祈願もされてますので御利益を受けたい場所は祈願してもらうのもいいですね。長い間色々な人守られて受け継がれた古刹 光明寺筑後に住んでる方なら一度は行ってみては!
「えいこうざん、こうみょうじ」と呼びます。🌳県営筑後広域公園散策の途中に寄り参拝しました。創建から1200年以上で筑後市内で最も歴史ある寺院だそうです。仁王門はまだ新しい感じでしたが、中の阿形(あぎょう)、吽形(うんぎょう)の仁王像は鎌倉時代の作で阿形は肥前佐賀、吽形は久留米の仏師が作成とのこと。筑後市指定文化財(彫刻)に登録されています。柵の手前からで仁王像全体はよく見えませんが、特に腕や手の作りが大きく頑丈で迫力があり、先日、見た大牟田市普光寺(ふこうじ)の木造仁王像(平安時代)とよく似ていると感じました。境内に「新四国お砂踏み霊場」があり八十八ヶ所ミニ巡礼が出来るようになっています。又、石造九重塔がニ基あり写真は東側です。鎌倉中期に平重盛が諸国36ヶ所寺院に建立し平宗清が奉納。一番奥が本堂で創建は天平年間(729年〜748年・奈良時代)聖武天皇(しょうむてんのう・日本の第45代天皇)の勅願。本尊、千手観音菩薩(行基の彫刻)があります。最初の写真3枚は🌳公園の帰りに撮影したもので天気が☁→☀に回復したので青空の写真に変えました。
九州八十八ヶ所百八霊場54番札所です。駐車場あり。お寺の方は居られないようでしたがお堂内に御朱印が用意されていたのでセルフでいただきました。
光明寺の創建は、天平年間(729~749)といわれ、聖武天皇の勅願により行基菩薩の開基と伝えられます。ここにある2基の石造九重塔のうち東塔の1基は、1175年平重盛の建立と伝えられています。南北朝時代には、足利尊氏が修復したと伝えられています。また、江戸時代に入ると田中吉政公により寺領を没収されますが、柳河藩主立花公により再建されます。仁王門にある仁王像は、湛慶の作といわれています。またこのお寺は、九州四国八十八ヶ所霊場の59番札所です。
筑後三十三霊場 二十三番札所 真言宗大覚寺派 十一面千手観音菩薩。
九州八十八ヶ所百八霊場第五十九番札所のお寺です。ナビ通りに行くと裏手の駐車場に着きました。丁度、他の参拝者に住職がお話をされていたので一緒に聴きました。お寺の由緒などを知ることが出来ました。御朱印を頂きました。
筑後三十三観音霊場札所です。
楼門に木彫りの大きな仁王像があります。
| 名前 |
光明寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
090-4983-9092 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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歴史あるお寺さんです。弘法大師が千数百年前に建立歴史の趣を感じます。