歴史感じる平山城、龍造寺の誇り。
須古城跡の特徴
龍造寺氏が落とした堅固な平山城の歴史を実感できる場所です。
須古小学校の隣に位置し、駐車場には役立つパンフレットが揃っています。
田園の中に現れる立派なお城、急斜面には注意が必要です。
地元の方の歴史愛を感じる素晴らしい場所でした!看板等がラミネートだと劣化が早いので、お金をかけられてしっかりしたものになればいいなと思います!
雑草も伐採され、見やすくなってます😃
かつて戦に挑んだであろう自分の祖先の姿が目に浮かびます…佐賀には中世の歴史研究家が少ないそうですが、この辺り遺跡の宝庫だと思います。
別名高城、隆城ともいわれます。室町時代は平井経治など平井氏の城でした。4度に渡る龍造寺氏の猛攻で1574年に落城します。平井氏滅亡後、龍造寺隆信が居住して改造し佐賀最大の平山城とします。隆信の死後弟の信周、さらに最後の当主政家までこの城は受け継がれました。現在も城跡の石垣や曲輪あと、櫓跡など見て回ることができます。主郭に「弾よけ岩」と呼ばれる大きな天然石がみられます。
歴史を感じられる場所です。
龍造寺氏が、12年がかりで落としたというのも納得の堅固な平山城だというのが、登ってみるとわかります。
駐車場の所にパンフレット(2種類)があります整備はされていますが、危険箇所(急斜面)には注意が必要です蚊と蜘蛛が多いので気をつけてください。
田園のなかに立派なお城があるのです!
須古小学校の隣にあります。
| 名前 |
須古城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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五州二島の太守と呼ばれた肥前の熊竜造寺隆信公の居城であり、一時北部九州の首都の如き場所となった戦国の平山城。小規模の独立丘に築かれた城であり、各郭や馬出しなどの遺構が残されている。石垣は破城の影響か崩壊して石が散乱しているところが多い。山下の小学校が政庁や御殿のあとのようです。周辺の田んぼには内堀外堀が一部残っています。九州戦国史に思いを馳せられる場所です。