猫と歩く歴史の遊歩道。
元寇防塁の特徴
生の松原に位置する元寇防塁は、海を見渡せる絶好の散歩スポットです。
ここでは、13世紀の歴史を感じながら潮の香りを楽しむことができます。
遊歩道沿いには猫ちゃんもいて、散策を楽しくする不思議な魅力があります。
▼以前、ここより西の今津の浜の元寇防塁を調査したことがあります。この2つの防塁の間だけでも10kmほど離れています。▼当時の元寇防塁は、全体で約20kmもの長さがあったと言われています。しかも、それをわずか6ヶ月という短期間で築き上げました。▼最近、「神奈川台場」の発掘調査・現地説明会を受けてきました。この神奈川台場も、わずか数ヶ月という短い期間で築かれました。この驚異的な突貫工事は、東京の「お台場(品川台場)」も同様です。ペリーが来航して開国を迫った際、即断できない幕府に対し、「来年また返事を聞きに来る」と言い残して去っていったため、「翌年来航するまでに何が何でも築かねば!」と大急ぎで工事を進めたわけです。▼神奈川台場が築かれたのは万延元年(1860年)で、今から166年前。これに対して元寇防塁は建治2年(1276年)と、実に750年も前のことです。約600年という気の遠くなるような時を経ても、「外敵の脅威に対し、超短期間で防衛線を構築せねばならない」という切羽詰まった状況は、日本という国にとって全く同じだったのですね。▼ただし、幕末の台場が「大砲による砲撃戦」を想定した四方を囲む構造物であるのに対し、元寇防塁は「騎馬による争奪戦(野戦)」を想定した直線的な構造である、という決定的な違いがあります。▼よく、「たった20kmの防塁を築いたところで、日本は島国なのだから他の場所からいくらでも上陸できるのでは?なぜこの地点だけで防げると思ったのだろう」という疑問を耳にします。実は、私も小学生の頃からずっと同じ疑問を抱いていました。▼実際、元軍は防塁のない博多湾の志賀島(しかのしま)に上陸して陸伝いに侵攻しようとしたり、遠く山口県(長門国)側に襲来したりもしています。▼しかし、この防塁は、最初の蒙古襲来(1274年・文永の役)の翌年に幕府の命で築かれたものです。文永の役を経て、日本側は「元軍の最終目標は大宰府(だざいふ)の占領だ」と見抜いていました。そのため、まずは大宰府へ直結するメインルートに大軍がなだれ込まないよう、あの位置に防塁を築いたのです。▼そしてもう一つ重要なのは、後世の台場や城塞のように「四方を囲んだ構造」ではなく、「一文字の長い石垣」にした点にあります。▼これは、海からの上陸を阻止するためだけではありません。仮に元軍が他の海岸から上陸し、陸側から回り込んできたとしても、日本の主力である騎馬部隊がその防塁に陣取っていれば、元軍は嫌でもその日本軍を攻めるしかなくなります。▼実際、志賀島に上陸した元軍に対し、日本軍は得意の騎馬を駆使してゲリラ的な猛攻を仕掛けました。大宰府までの距離がある中でこのような迎撃を続けられれば、大軍を一気に本土へ上陸させられない限り、元軍にとっては致命的に不利となります。▼となると、元軍としては「こざかしい!」とばかりに、日本軍が立てこもる本拠を直接叩きにこざるを得ません。そうして敵を誘い出したとき、この防塁のような直線的な構造があれば、日本軍は反転して「陸側からの敵に対する盾」としても便利に活用できたのではないでしょうか。つまり、どちらの方角から来る敵にも臨機応変に対応できる、きわめて柔軟な防衛スクリーンだったと考えられます。▼たった20kmの、しかし実に見事な元寇防塁の遺構。この松原に一人たたずみながら、「なるほど、実によく考えられているなあ」と深く納得しておりました。(もちろん、最終的に神風が吹かなければ、どれほど利便性の高い防塁であっても歯が立たなかったかもしれませんが……!)
2019年3月訪問2017年から3年間、福岡単身赴任で百道に住んでいたので、休日は史跡や遺構を巡る事が多かった元寇防塁は、鎌倉時代の「元寇(蒙古襲来)」に備えて博多湾沿いに築かれた軍事遺構である鎌倉幕府が九州の御家人に命じ、博多湾沿い約20kmにわたって石築地を築かせたが、担当国による石材の違いがあり中々面白い中でも、ここ生の松原の元寇防塁は、西側が肥後(熊本)の御家人が担当し長垂山の花崗岩を使用、東側が肥前(佐賀・長崎)の御家人が担当し小戸岬の砂岩を使用している防塁の一部が当時の高さ(約1.8〜3m)に復元されており、実際に鎌倉武士が見ていた視点から博多湾や能古島を望むことができた。
2026.03.20。元軍の進行を食い止めるために築かれた石塁。今は、静かに海を眺められる美しい場所でした。
1274年の文永の役の後、鎌倉幕府が元軍の再来に備えて築いた防塁。1281年の弘安の役では防塁のある場所は元軍の上陸を許しませんでした。今ある防塁は当時と同じ高さで再現されたものだそうです。
何度来ても楽しい!年中楽しめます。冬は寒いけど、夏は涼しくて勉強にもなります。海ではヨット部が活躍してます。元寇防塁(げんこうぼうるい)は、鎌倉時代に北部九州の博多湾沿岸一帯に築かれた石による、蒙古襲来(元寇)に備えて築かれた防塁。高さ3メートル長さ20kmと言われています。福岡市の海沿いに転々としていますので、あちこち見学して長さ(距離)を確認するのもいいですよ♪
モンゴル軍(元)と鎌倉武士団が戦った防塁の跡です。保存状態よく残っています。地下鉄姪浜駅から徒歩25分ほど。地下鉄フリーきっぷを買うとお得でした。当時の激戦後には地域猫が2匹。まったりひなたぼっこして可愛らしかったです。つわものどもが夢の跡。
糸島観光の途中でふらっと立ち寄りました🚗駐車場が少しわかりにくいので公民館に止めさせてもらいました🅿️とても綺麗な松並木を少し歩くと突然石の道の様な物が現れますこれがどうやら防塁なのかな???もう少し歩いて海に抜けると絶景です歴史の勉強を兼ねて脚を伸ばして見て下さい🚘とても綺麗なところですよ🤩
入場料無料で綺麗に整備されていて、外国人観光客はもちろん、日本人観光客もいなくて静かな環境でとてもよかったです。教科書でみた元寇防塁を見ることができます。駐車場は有料ですが、広々としていて停めやすく、60分100円というとても良心的な価格でした。ランニングする人にもおすすめできるスポットです。
パーキング1時間100円で、歩いて15分。思ったより、綺麗な海だったー。朝は日陰になるから、涼しい。
| 名前 |
元寇防塁 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
092-711-4666 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP |
http://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/cultural_properties/detail/34 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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教科書に出てくる絵巻ものそのもので、見応えがありよかったです。面前に広がる海の景色はとても綺麗でした。