博多の良さを灯す石灯籠。
博多町家寄進高灯篭の特徴
昭和29年に移設された灯籠が、清流公園に立っています。
明治32年の歴史を持つ八尋利兵衛の名残があります。
中洲の南端で、川を眺めながら安らげるスポットです。
博多の歴史を語る上で重要な史跡だと思われますが、ポツンと建っているという印象です。公園の再開発後、どのような扱いになるのか気になります。
清流公園が閉鎖中で、25年8月中旬現在はファミリーマートの隣に仮で移設されているようです。塀で囲まれていますので、隙間から覗くことが出来ます。向かいのキャナルシティの中の少し高いところから見るとよく見えます。
これを建てた漬物屋さんはもう無いのでしょうか?各取引先、スポンサー?!??が銘々楽しい。
中洲といえば、那珂川の川面にその姿を映す、夜のネオンサイン(広告板)が有名です。明治期の異色な広告塔が、この高灯籠なのです。この灯籠は1899(明治32)年に八尋利兵衛らが中心となり、住吉神社に寄進されたものです。その石垣に140面もの広告スペースがあり、当時の博多の商業界の隆盛を今に伝える遺産です。十七銀行(現・福岡銀行)をはじめ、恵比寿ビール、丸善、岩田屋(当時は呉服店)、玄洋社平岡浩一郎らの名が確認できます。
近くのコンビニでコーヒーを購入しスマホ休憩しました。景色もよく付近には座れる場所が多くあります。キャナルシティ博多から中洲へ清流橋を渡ると清流公園があります。そこに高さ約10mほどの立派な石灯篭が建っていました。
近くのコンビニでコーヒーを購入しスマホ休憩しました。景色もよく付近には座れる場所が多くあります。キャナルシティ博多から中洲へ清流橋を渡ると清流公園があります。そこに高さ約10mほどの立派な石灯篭が建っていました。
ここは昔、海辺だったのでしょうか貿易で栄えた博多の港の名残りだと思います撮影も映えるスポットです。
散歩の途中には寄ってみた。天気が良く,風が気持ち良い。
明治32年、博多誓文晴(払)の創始者漬物屋 八尋利兵衛(やひろりへい)が住吉から中洲付近まで開発し、遊園地「向島」を開園した。その開園記念に建設された灯籠で、昭和29年清流(せいりゅう)公園内に移された。灯籠には商屋の家号が刻まれていて、当時の博多経済界を知る上で貴重な資料です。
| 名前 |
博多町家寄進高灯篭 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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2019年6月訪問清流公園の南端にある中洲の入り口に立つ大きな石灯籠明治33年に博多の商人・八尋利兵衛が遊園地「向島」を開いた記念に建てられた碑で、日本における「広告塔の走り」とも言われているもとは現在のキャナルシティ博多の敷地内にあったが、街の整備に伴い、昭和29年に現在の清流公園へ移設された。