背振山頂下、感動の石碑を探して!
飛行家ジャピー氏遭難の地の特徴
昭和初期に世界中のパイロットが訪れた場所です。
背振山頂下の地に位置し、美しい景観が広がっています。
道路の看板を見て歩いてたどり着く石碑があります。
碑銘は「ジャピー機遭難之地」となっています。雑餉隈に住んでいた、或る飛行機好きの少年(当時14才)は、事故現場まで30kmの道程を歩いて見物に行きました。その体験により、空への憧れをさらに強くし、その後予科練に入隊します。紆余曲折あって(面白いので調べてみてください)、フライトエンジニアから、実家で進駐軍相手のオートバイ屋を始めるようになります。14才の時に事故現場を見物した少年の名は、吉村秀雄─白木原ベースの米兵からは「POP ヨシムラ(吉村のおやじ)」と呼ばれ、親しまれました。そう、バイク用品メーカー「ヨシムラ」の創始者です。この墜落事故は、意外なところに種を蒔いていたりします。
昭和初期には世界中のパイロットが日本……ひいては九州に来てたんだな。しかし墜落するとは……それを助けんと動いた脊振の人達が称賛されたのは当然か……脊振山山頂のレーダー基地近くにあります。道路沿いなのでガードレールの切れ目に手作り感満載の木札以外ありません。
駐車場がなくて困った。が、いい場所だった。
道路に看板があり、そこから少し歩くと石碑があります。駐車場はありませんので、ご注意を。
背振山頂に向かう道すがら看板が立っています。自動車の窓から見るだけでは気づき難いですが、看板の手前の標柱付近に下りの階段があります。石碑はその階段を降りた所にありました。山頂に向かう上り道では「山頂まで1.5km」の標識の先にあるカーブ、下り道では、「←山頂 登山道」の看板の先のカーブ付近に、遭難の地に向かう階段と看板がありました。
脊振山山頂下の地。
バイクでたまたま通りすがったときみつけました。ジャピーという名前を見たとたん記憶が蘇ってきました。小学生の頃、赤い翼という学童書を読み、ジャピーさんの飛行機が墜落し現地の方々が救助したという話を思い出しました。まさかこんなところで出会うとは思いませんでした。ここにはジャピーさんのその後の話も書いてあり、感慨深いものがあります。
駐車場は有りません。またカーブ途中路駐すると危険そうです。道路から少し下った所に記念碑が有ります。さすがに当時の新鋭機でも脊振の気流と濃霧にはかなわなかったみたいですね。地元の方々の救出で助かったみたいですが、記念碑とは不名誉なのではと思いもします。
とても綺麗で 感動しました!
| 名前 |
飛行家ジャピー氏遭難の地 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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駐車場は無し、道中に看板が建ててあるのでそれを目印に見つけました。看板の横に少し急な階段があり、30秒ほど降りたら石碑?がありました!