明治35年の歴史、特別な文化財。
旧高烏砲台火薬庫の特徴
国登録有形文化財の魅力的な建物で、歴史を感じられます。
明治35年に建設された陸軍の高烏砲台跡地を復元した史跡です。
昭和42年に移築された弾薬庫跡で、貴重な文化遺産です。
興味をそそる建物だが、中には特筆するものが何もない入り口が低いことが印象的。
석조 건물 탄약고
登録有形文化財らしいです。
移築はされていますが、当時のまま残っている貴重な建物です。無料で入れて、中にはちょっとした展示場になっています。明治30(1897)年以降、呉湾や広島湾を見下ろすことのできる要所に陸軍の砲台が築かれていました。この火薬庫は、明治35(1902)年に呉軍港に近い休山に建設した高鳥砲台に置かれていたものです。石造を基本構造としつつトラス架構で瓦葺き屋根を支えるといった全国的にも珍しい建築様式を残しています。
弾薬庫跡(旧髙烏砲台火薬庫)(国登録有形文化財)明治35年に陸軍が音戸の瀬戸に近い休山に建設した髙烏砲台の跡地から、昭和42年(1967)に、移築し復元したもの。総石造りの火薬庫は、全国的にも珍しいものです。(入船山記念館リーフレットより)
【国登録有形文化財】明治35年(1902)に陸軍が音戸の瀬戸に近い休山(やすみやま)に建設した高烏砲台(たかがらすほうだい)の跡地から、昭和42年(1967)に移築復元されたものです。
| 名前 |
旧高烏砲台火薬庫 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
2013/09/08来訪。石造りの建物です。表に簡単に書かれた説明板が立てられています。興味のある方は読んでみてください。