歴史を感じる、山口の陶晴賢。
陶晴賢の墓 (首塚)の特徴
歴史を感じられる陶晴賢の墓が魅力です。
墓が無い人生の儚さを実感できる場所です。
ここで歴史の一端に触れる貴重な体験が待っています。
墓の無い人生は儚い。境内には他に穂井田元清、桂元澄、地元領主藤原興藤の墓などもある。
陶晴賢は山口の大名、大内氏の重臣で周防(山口県東部)の守護代にも任じられている家柄です。彼の本拠地は山口県旧新南陽市(現周南市)にある富田という場所です。なぜそんな晴賢の墓がこの場所にあるかというと、天文24年(1555)に行われた厳島の戦いで毛利元就に敗れ、討ち取られたからです。厳島は今の宮島で、晴賢の首は首実検の後、洞雲寺に葬られました。☆注意点☆周辺は普通の墓地なので、周りの人の迷惑にならないようにしましょう。また、アクセスに関する注意ですが、グーグルナビは最短距離を表示するため、ナビに従うと佐方小学校の前に到着してしまいます。そこからでも行けないことはないのですが、小学校前は駐車場も少ないですし、登下校時は危険なので、車で訪れる場合は洞雲寺を目指した方がいいと思います。
| 名前 |
陶晴賢の墓 (首塚) |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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歴史の中の1ページに触れた気がしました。