歴史が息づく津江の神社。
大野老松天満社の特徴
侘び寂びが感じられる神社で、訪れる価値があります。
隠れた存在感を持つ大野老松天満社が印象的です。
静かに佇むこの神社は心が落ち着く場所です。
歴史とかそういうマニアックなものが好きな方なら好きな神社という印象。神社好き程度の方ならそんなに立ち寄る程もないと思います。一度来ればいいかなという感じ。だけど、神社好きでしかも建築的な側面で見ると…是非、見とかんといかんやろ~!って感じ。私は神社好きな程度なので一回でいいかなと立ち寄りました。資料館が開いていれば評価は爆上がりしましたね……ここまで作ってるならちゃんと成立させて欲しかったなぁと思ってしまったり。なんでもそうですが維持が大変なんでしょうね。まとめても神社としては普通の地元信仰の神社です。資料館はおそらくほぼ休業しています。予約すればあけてくれるかも?興味がある方は問い合わせされた方が○です。
侘び寂びの効いた神社は素晴らしい。山の中にようこそこの神社があるのか不思議。身が引き締まる思いです。
侘び寂びの効いた神社は素晴らしい。山の中にようこそこの神社があるのか不思議。身が引き締まる思いです。
隠れた存在感。昔ながらの佇まいが何故か懐かしい様な?
雪ヶ嶽城を中心に鎌倉~戦国時代に津江地方を治めた津江氏(長谷部氏)に関わる神社。津江地区周辺には津江七社(大山を入れて八社)と呼ばれる同系統の神社が点在しており、大野老松社はその中心的神社であったと考えられている。古くはこの一帯は安楽寺の所有する地であったが開墾は進んでいなかったようで"津江荘"ではなく"津江山"と記述されている。鎌倉時代に長谷部氏がこの地の領主となり、地名から津江氏を名乗り、ここから津江の開墾が本格的に始まったと考えられている。長谷部(津江)氏は大分周辺の領主となった大友氏に付き従っていた氏族でこの地の領主に任命されたと考える説が有力なようである。鎌倉時代中期頃に津江氏はここ津江社(後述するが老松社になったのは室町時代頃なので仮で津江社と呼ぶ)を創建したとされる。豊後全史・長谷部系図によると,津江氏第三代 義胤が以仁王・長谷部信連を崇敬し像代(形代)を作り祠を立て像代宮とよんだとされる。像代宮は大野社の敷地内に残っている(昭和59年再興)。また日田郡志下巻に「津江殿勧請の大神宮本大野宮山と云にあり、そのしりへに一宇の堂あり津江殿代々の形代数多あり」ともある(形代は35体が現存している)。恐らく代々の津江氏を祭る像代宮が津江社の起源であり、津江氏が開墾した集落に津江氏代々を祭る像代宮の祠を立てていったのが津江七社ではないだろうか。南北朝時代には北朝南朝に囲まれ生き残りをかけて家を2つに分け、元々の本城であった雪ヶ岳城周辺を北家の口津江、栃木の田原山の牛ヶ城周辺を南家の奥津江とした(豊後全史より)。室町時代には両家は統合されたようだがいくつか文献を読んでみたが片方が滅びたのか平和的に合併したのか触れられておらず分からなかった。ただ本拠地は元々の雪ヶ岳城に戻ったのは間違いない。室町時代中期に津江七社は再建され、天満宮系である老松神を勧請し、社名も「老松大明神」と改められた。なお老松大明神と改称される前の社号は残っていないためとりあえず「津江社」と書いている。なので上記の"像代宮が津江社の起源では"というのもあくまで仮説である。因みに老松社を勧請した理由としては、・風雨や雷を司る天神的意味合いの強い菅原道真・菅原道真が松の種をまかせた森林神的な意味合い・一時期、安楽寺天満宮が津江山を所有していた(ただ時代が離れすぎている)が考えられる。その後、戦国時代を生き抜いた津江氏であったが主家の大友義統が文禄の役で敵前逃亡し改易になるのに合わせて津江の地を去ることになり、子孫は放浪したり近くの寺に身を寄せるなどしたようだ。そのため江戸時代は荒廃しかかっていたが庄屋を中心として氏子が協力して1673年に修理、1844年に再興。そして明治時代。神仏分離令の影響だろうか、明治元年~6年の間に津江八社は社号を「老松大明神」から津江神社や老松天満宮などと各社バラバラな名称に改称している。ここ大野の老松大明神は明治6年に郷社に昇格し「大野老松天満社」と改称、現在に至るようだ。室町時代に作られた三間社流造の旧社殿が今も残っており国の重要文化財に指定されている。各地の老松大明神は明治以降に現在の名前に変わっている。※参考文献:津江殿と一族-付 津江老松社の勧請-(前津江村教育委員会)、前津江村史黒木町にある津江神社の由来に出てくる津江宮・津江権現は御前岳を中心とした山岳信仰としての津江神のことを指し、津江八社系列とは別物なので混同しないよう注意。
静かに佇んでいるところがいい。
| 名前 |
大野老松天満社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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R212から右折し県道9、698に入り前津江大野市街に進み左折し前津江郷土伝習施設を目だすとその裏側に神社は鎮座している。施設横の第一台輪鳥居から少し細い参道を抜けると杉林に囲まれた広い境内となる。右側の第二鳥居へ進み手水舎、石灯籠群、様々な形の三対の狛犬間を進むと稲荷灯籠、鋼板葺き屋根の庇のある拝殿となる。屋根の上には菅原道真公の神紋である梅の花が彫られている。本殿の横には旧本殿であろう三間社流造りの朱塗りの本殿が鎮座している。広い境内には様々な建物、奉納品が置かれている。気持ちの落ち着く環境で神社の多少の年代感がより郷愁を誘う。都市部にあれば日々多くの参拝者が訪れる神社に違いない。