大阪城の石垣、戦争の証!
石壁空襲被害跡の特徴
大阪城の城壁がずれた箇所が迫力満点です。
終戦間際の8/14の爆撃の痕跡を見学できます。
旧陸軍施設があった場所で歴史を感じられます。
「石垣の爆撃被害跡」は、終戦前日の1945年8月14日の大空襲で、天守閣のすぐ近くに1トン爆弾の凄まじい衝撃で、天守台の石垣が歪んだり、隙間が空いたりする被害を受けた跡です。第二次世界大戦末期、大阪城の周辺には大規模な兵器工場「大阪砲兵工廠(ほうへいこうしょう)」があったため、大阪城一帯は米軍による激しい空襲の標的となったとのことです。大阪城公園には何十回と来ていますが、このような場所があるのを初めて知りました。
あるいみ戦争遺産。
痕跡がわかりにくいのか観にくる者少ないし!
終戦間際8/14頃、周辺に集中的に爆撃があった。石垣の歪みはこの時のもの。戦争によってあまりに大きなものを日本は失ったね…。
案内の奥に回り込むと、城壁がずれた箇所を間近に見ることができ、実際に見ると迫力の凄さが良く分かりました。
かなりずれてますよね…よく見ると。
前大戦時、ここ大阪城には旧陸軍関連施設が多かったため、大戦末期には空襲を何度も受けたそうです。ここでは、米軍爆撃機が投下した1トン爆弾が至近で炸裂し、その衝撃で石垣がずれてしまったとのこと。確かに、城壁が凹んでいるように見える箇所があります。
往時は陸軍があったらしく、激しい攻撃に遭っていたようです。構造に問題無いとはいえ爆風で石垣がズレるとは!
『石垣がズレてるッ⁉』って、思いました。ここも戦争での爪痕が残っている所です。爆風?でここまで石垣がずれるなんて凄いと思いましたし、壊れないで無事残っていてくれて本当に良かったと思いました😌
| 名前 |
石壁空襲被害跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
06-6755-4146 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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戦争遺跡2026年7月上旬、大阪城探訪の際に寄りました。設置されている説明板には———————————————————————-昭和20年(1945)、陸軍の関連施設が集中していた大阪城は、終戦前日の8月14日を最大とする爆撃を数次にわたって受けた。これにより大阪城天守閣付近の石垣も大きな被害をこうむっている。天守台北壁から東壁にかけてみられる石垣の「ずれ」はこの時のもので、天守閣の北数メートルの地点に落ちた爆弾によるものである。昭和6年復興の天守閣は天守台に荷重をかけない構造だったため影響はなかったが、昭和39年にはひずみの進行を止めるための工事が行われた。———————————————————————-とあり戦争遺跡は全国的には結構ありますが、石垣のずれは自身は初めてで勉強になりました。