地元の神社、大神宮様で気を満たそう。
矢瀬宮の特徴
地元で大神宮様と親しまれる歴史ある神社です。
市指定天然記念物の鹿子の木が境内にそびえ立っています。
小高い山の上に鎮座し、特別な気が満ちています。
社額には皇大神社と書かれており、地元では大神宮様と呼ばれ親しまれているらしい神社神社絶ちしている俺だが何と無く惹かれてしまい、立ち寄る境内には市指定天然記念物の鹿子の木が聳え立っているうん、素晴らしい気が満ちている。
小高い山の上に鎮座しています。落ち着いた雰囲気の神社です。
地元では、大神宮様とよんでます。
地元では、大神宮様とよんでます。年間4回の神事が有ります。10月は『おくんち』です。台風の後で、道路や階段の掃除が大変です! 幕末期、幕敵である勤皇家『長三洲』への嫌疑により弟春堂にも日田の代官、窪田治部右衛門から捕縛の手が掛かります。当時春堂は柚の木村にて医を業としていました。たまたま矢瀬の親戚を訪れていた春堂は、間一髪柚の木村役の機転により難を逃れてこの辺りの山中に身を隠したようです。しかしこのまま逃げ続けても、次は父母に捕縛の手が伸びると思い、自ら投降し日田の獄中の人となります。厳しい取り調べと劣悪な環境下で次第に春堂は衰弱していきます。村役たちに依る窪田代官への春堂介抱の嘆願も虚しく却下され、維新を目前にしながら惜しくも春堂は獄中にて病死してしまいます……。享年32 慶應3年10月11日 明治維新後その功績により『己等芳耶神』の號を賜ります。後に明治政府の官僚として帰郷した三洲は、上の釣の墓参りにて 『某水某丘思釣遊 五年帰去只成愁 依然黄葉青山底 只有渓聲日夜流』の詩を遺し、幼少期兄弟でこの辺りの山河で遊んだ事を想いその死を哀しんでいます…。
| 名前 |
矢瀬宮 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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R210で豊後中川駅で右折し県道54に入り玖珠川渡り進むと右側に神社は鎮座している。案内版が掲示してある。両脇に杉の木が植えられた50段越えの石段を上ると石灯籠と皇大神宮と記された扁額の鳥居がありその先お社となる。一段高い位置に鎮座しているお社は平入の拝殿と本殿の造りである。境内には大木もあり、社叢の神社である。