仲哀天皇の伝説と共に。
横隈隼鷹神社の特徴
横隈隼鷹神社は1800年以上の歴史を有する神社です。
神功皇后ゆかりの地として知られ、由緒ある神社です。
田園風景に囲まれた、静かな鎮守の森があります。
静かでとても心が落ち着く場所でした。綺麗に整備されています。以下引用させて頂きました。隼鷹神社仲哀天皇が熊襲征伐の際、高御産巣日神たかみむすびのかみが鷹の姿となって現れ、この場所の松の梢に止まったという神社由来の伝承があります。伝承の松の木は枯れてしまい、現在は大楠を御神木とし、毎年11月に無病息災を願う伝統行事の早馬祭はやまさいが行われます。住所小郡市横隈164-1アクセス西鉄大牟田線「三国が丘駅」より徒歩20分。
神功皇后、仲哀天皇の伝承が残る1800年の歴史のある神社です!社殿や狛犬さんは新しいですが、地域の氏神様として大事にされているのが感じられます!とてもイイ雰囲気が感じられます!
縁起によると、仲哀天皇が大保の仮陣地で天神地祗を祀った時、高御産巣日神が鷹の姿となって現れて北に飛び去り、この地の大松の梢にとまった後、消えた。そこで、神功皇后が高御産巣日神をその地に祀り、御神体として鷹を安置したそうです。
丘陵地は宅地開発が進んでいるエリア。神社は田んぼの中にポツンある。
横隈隼鷹神社は、西鉄三沢駅の北東1.4kmほどの小郡市横隈の田んぼの真ん中の鎮守の森の中にあり、1800年以上の長い歴史のある神社です。旧社格は村社です。伝説では、仲哀天皇が熊襲征伐の時、大保の仮宮で天神地祇を祀った時に、高皇産巣日神が鷹の姿をとって現れ、北を指して飛び去り、松の梢に止まって姿が見えなくなりました。その後、神功皇后の勅命で高皇産霊尊の神霊を祭り、鷹の姿で現れた事からこの神の名前を隼鷹天神と称して、御神体の鷹を安置しました。この当時の松は朽ちてしまい、その後には楠があり、それが今の御神木とのこと。御祭神は、高御産巣日神・大己貴命・彦火々出見命・高皇産霊神です。11月第3日曜日に横隈早馬祭が行われます。その年の新稲ワラで早馬を作ってお祓いを受けた後、氏子は宝満川で禊をして、早馬を担いで神社に参るという祭です。
神功皇后ゆかりの神社⛩️田園風景の中にこんもりと森が見えるのでよくわかります(^_^)最近、拝殿が新しくなり、本殿が修復されたようです。立派な楠がありゆったりとした気持ちで参拝出来ました(*^^*)
鷹カッコいい!通称ホークス神社。
住宅街と田園風景の狭間に大きな木が見えました。近づいてみるとこぢんまりとした神社があったのでお参りしてきました。鳥居を潜ると大小二対の狛犬が出迎えてくれます。社殿は、最近、改築されたのか綺麗な白木の社で、屋根などは昔の物が残っている感じでした。地元の人に愛されているのだろうなと思います。神社でよく見る屋根飾り?は、龍のような気がしますが、ここは大きな牙があり、鼻の長い象でした。何か所以があるのかなと思いましたが分からないままです。遠くから見えていた木は、三本の御神木。立派な木でした。真横には、御池もあり鯉がゆったりと泳いでいました。
神功皇后伝承地御勢大霊石神社(大保の仮宮)の鎮座する地で天神地祇を祀ったところ鷹が現われこの地に舞い降りた。その鷹が高皇産巣日神の化身であった為この地に祀った。御祭神高皇産巣日神伝承をどう解釈したら良いか悩むが、古くから高皇産巣日神を奉斎する氏族達から大保の仮宮の地を納得の上譲ってもらう必要があったのだろうか。鷹が象徴となる社であるが、参拝に向かう社地手前で大きな鳥が飛んでいた。鷹をイメージしていただけにびっくりしたが、鳥型のカイトの様な鳥避けが舞っているだけだった。ネタかと思ったが動かぬカカシよりは効果ありそうだった。幼い男の子を連れた若目の女性と道中すれ違ったが、たまたま茅輪神事の日であった。感心なお母さんである。いつの世も我が子の幸せを願う心は変わらぬのだろう。その若い母子の幸多からん事を願った。
| 名前 |
横隈隼鷹神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0942-72-7555 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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小郡市横隈(よこぐま)にある隼鷹(はやたか)神社の創建は古く1800年を超えるようです御祭神は4柱でその中の高御産巣日神(たかみむすびのかみ)が仲哀天皇の熊襲征伐の際、鷹の姿となって現れ北を指して飛び去り、大松の梢にとまって姿が見えなくなったとの伝説を由来としているとのこと御神木として小郡市の指定天然記念物にもなっている大きなクスノキがありますこのクスノキはかつて存在した「伝説の大松」が朽ちた後、その跡に生えたと伝えられています。