エルトゥールル号の感動を体感。
トルコ軍艦エルトゥールル号遭難慰霊碑の特徴
映画海難1890に導かれ、トルコの歴史を感じられます。
車イスでも訪れやすい、幅広い舗装された遊歩道があります。
トルコと日本の友好が深まった重要な場所として記憶されています。
旅の途中でトルコの方達が何故親日なのかの話題になり、串本町に丁度通りかかりテレビで観た記憶にあるトルコの軍艦エルトゥールル号の情報を調べてみて記念館があると知り帰り道に立ち寄ってみました。綺麗に整備された慰霊碑や灯台を見学しとても景色が綺麗だなと感心し樫野崎灯台旧旧官舎にも寄ってみました。初めは誰も居ないのかと思い覗いてみると中から職員の方が居て、エルトゥールル号の方達がどうやって避難してきたを説明をして頂き、官舎中の案内は本当に価値がありました。
2019年春、太平洋側の車旅で立ち寄る。エルトゥールル号は、1890年にオスマン帝国(現在のトルコ)が日本に派遣した木造軍艦である。皇帝アブデュルハミト2世の親書と勲章を明治天皇に奉呈するため、600名以上の乗員を乗せて来日した。日本での親善任務を終え帰路につく途中、和歌山県串本町沖で台風に遭遇し、座礁・沈没した。この事故で500名以上が犠牲となったが、地元住民が献身的な救助活動を行い、69名の生存者を救出した。この出来事は日本とトルコの友好関係の原点となり、現在も両国で語り継がれている。
今回は灯台からの絶景を見るのがメインでしたが、遊歩道を歩いているとこの慰霊碑がありました。詳しくはなくてもなんとなく、昔々外国の船が難破してそれを現地の人々が助ける活動をした……ぐらいの知識でした。なので案内板に記載されている内容を以下に文字起こししますね。「明治23年9月16日(1890年)トルコ国皇帝特派使節団を乗せた軍艦エルトゥールル号が暴風雨のため、この慰霊碑眼下の海域に臨む船甲羅岩礁で難破しました。翌、明治24年に和歌山県知事をはじめ、有志の義金により墓碑と慰霊碑が建立され併せて追悼祭が行われました。この碑は昭和4年の昭和天皇の樫野埼行幸を聞いたトルコ共和国ムスタファ・ケマル・アタテュルク初代大統領が新たに慰霊碑を建立することを決定、トルコ共和国の資金により昭和12年6月3日(1937年)に完成したものです。」
和歌山の串本な座礁したエルトゥールル号を日本人が救助。それをトルコ人はずっと恩に思い、今でも日本人を見ると手を振ってくれたり、挨拶してくる。トルコと日本の友情の証。
トルコ軍艦エルトゥールル号の遭難で亡くなられた580余名の乗組員のうち、引き上げられた遺体がこの丘に埋葬されているとのこと。昭和4年の昭和天皇の行幸に際して、トルコ共和国の資金により建てられたそうです。近くの遊歩道やトルコ記念館から、遭難地点の船甲羅(ふなごうら)を眺めることも出来ます。付近は、下まで高い崖になっていて、当時の避難の大変さも偲ばれる所です。(2024/12/9朝訪問)
この救助がきっかけでトルコの親日につながってるのかな?隣の樹がとても立派だったのでパシャリ👍自然になるものなのか手入れしてああなのか。行き場がなく横に伸びてるんか?重くて垂れてるのか?不思議だ。そしてそこに魅力を感じる。
日本外交史にも重要な場所です。トルコ(現テュルキエ)海軍船・エルトゥールル号が海難事故。船員約600名のうち、約70名が泳いでこの村までたどり着き、村のその冬の貯蓄を拠出してまで船員を助け、テゥルキエまで送ったことで、日本とトルコの親交が深まり、湾岸戦争の際に戦地から日本国民を脱出させてくれたことにつながりました。第二次世界大戦前に建てられた非常に立派な慰霊碑で、日本語とトルコ語でメッセージが記録され、当時のテュルキエ(トルコ)初代大統領・ケマル・アタテュルクのメッセージも記されています。地元の方々が非常にきれいに清掃されているので、静謐で静かな時間の流れを感じることができる、おすすめのスポットです。
映画海難1890に導かれ、トルコを訪れました。その旅で知らされた、トルコ人の思い、今も130年前に受けた島民の献身的な救援をトルコの小学生は教育現場で学び語り継がれており、親日の由来を改めて知りました。この度、何かの縁で串本、大島を訪れる機会があり、この慰霊碑に来ることができました。この救援は後の1985年3月17日に起きたイラン・イラク戦争の際、48時間後に迫った攻撃通告に、取り残された日本人215名はトルコから駆けつけたトルコ航空救援機2機により、全員がイランを脱出する事ができました。それは、1890年に起こったトルコ軍艦エルトゥールル号の悲劇から始まる、日本とトルコの感謝の絆があったのでした。
トルコ記念館からは、幅の広い舗装された遊歩道で接続されていて、車イスの方でもアクセスしやすいです。
| 名前 |
トルコ軍艦エルトゥールル号遭難慰霊碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| HP |
https://www.town.kushimoto.wakayama.jp/kanko/oshima/torucogunkan.html |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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Kushimoto halkına yürekten teşekkür ederim.Atalarımızın yattığı bu alanı temizleyip koruyarak, atalarınızın bu denizcilere göz kulak olma sözünü yaşatmaya devam ettiğiniz için minnettarım.Oshima’lı çocukların söyledikleri “Ertuğrul-gō Tsuito-ka” şarkısını öğrendiğimde gözlerim doldu.Bu, sadece bir anma değil; nesilden nesile aktarılan gerçek bir insanlık ve dostluk bağının ifadesidir.串本の皆様に心より感謝申し上げます。この場所を清掃し、守り続けることで、先祖の方々がこの海の船乗りたちを見守ると誓った約束を、今も受け継いでくださっていることに深く感謝いたします。大島の子どもたちが歌ってくれた**「エルトゥールル号追悼歌(Ertuğrul-gō Tsuito-ka)」**を知り、思わず涙がこぼれました。これは単なる追悼ではなく、世代を超えて受け継がれてきた真の人間性と友情の証だと感じています。