名古屋近郊の弥生集落、歴史を感じる。
朝日遺跡の特徴
吉野ヶ里遺跡に匹敵する大きな規模の遺跡があることに感動しました。
清洲城の近くに位置する弥生時代の歴史的な遺跡が魅力的です。
名古屋近郊の市街地に古代の遺跡が存在していることが驚きです。
あいち朝日遺跡ミュージアムです観覧料は300円ですこのミュージアムとちょっと離れた所に貝殻山貝塚交流館がありますよこの地に 弥生時代に比較的大きな集落が有り現代の道路工事の時に発掘された経緯や弥生人たちの生活が土器や貝塚等で詳しく展示され大変勉強になります係の方の説明もわかりやすくて参考になりました☀遺跡から発掘されたクワやスコップの再現品もあり弥生人の背丈等も想像できますね外には復元された住居後もありまた別館には発掘された貝塚の本物もあり そしてなんと弥生人の骨もリアルに有りました弥生時代と比べると面積はコンパクトになってますが中身の濃い展示でした。
愛知ウイークに行くのがお勧めです。イベントもやってます。
吉野ヶ里遺跡、登呂遺跡と同レベルの大変貴重な弥生時代の巨大環濠集落があった遺跡です。しかし清洲インターチェンジの建設で主要部の大部分が消え去っりました。これほどの遺跡が全く保存対象にならずに消え去ったというケースはなかなか無いので謎の多い遺跡です。何かの力が働いたのでしょうか??その朝日遺跡の東の隅に開設された公園。ここにはすでに貝殻山貝塚があったため消滅の危機は免れました。この公園は朝日遺跡でも古い時期に集落があったことがわかっています。貝殻山第一貝塚を中心に第二貝塚、第三貝塚、あいち朝日遺跡ミュージアム、史跡貝殻山貝塚交流館、環濠跡、復元家屋、復元水田などの朝日遺跡の復元をおこなっている公園です。公園風に芝生なども敷かれているので親子連れが遊んでいたりもします。公園としても綺麗にまとまった感じで整備されています。
竪穴住居・高床倉庫…復元ですが間近で観られて良いと思いました!
吉野ヶ里遺跡にも匹敵する集落。海部氏である神武天皇が丹波国から葛城地方の笛吹に移住し、その付近は高尾張村と呼ばれていた。それから海部氏は尾張氏とも呼ばれるようになった。それから尾張氏一族は大和地方での勢力拡大を諦め、伊勢湾地方へ移住した。その土地は尾張国となった。ここ朝日遺跡は尾張家の集落とみられる。
清洲城の近くに弥生時代の遺跡があるとは知りませんでした。説明員の方が熱心に説明してくれて大変勉強になりました。展示されているものが本物ばかりで人骨も本物でした。
週末の午前中に行ったらゆっくり見学できた。退館する時には午後から体験イベントがあったようで駐車場が満車、子供たちが沢山いました。弥生時代のこの辺りの生活を知ることができて面白かった。こちらで清州城との共通券を550円で購入しました。
あいち朝日遺跡ミュージアムのすぐ横にあり、復元された竪穴式住居や高床式倉庫があります。
大変、感動しました。奇跡的に現代まで残った素晴らしい遺跡ですね。
| 名前 |
朝日遺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
052-409-1467 |
| 営業時間 |
[火水木金土日] 9:30~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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竪穴住居の暗がり、芝生に覆われた貝塚、風の抜ける高床倉庫。どれも声高に語りかけてくるわけではありません。ただ、“積み重なった時間”があることだけをそっと伝えてくれます。現代の住宅や道路に囲まれたこの場所で、何千年も前の暮らしに思いを巡らせる。歩き終えたあと、空を見上げると、ほんの少しだけ時間の感覚がゆるんでいるのを感じました。