音戸の瀬戸に平清盛の逸話。
伝清盛塚の特徴
平清盛が音戸の瀬戸を切り開いた歴史が学べます。
一字一石の経石を海底に沈めた伝説が語り継がれています。
桟橋からは大きな船が通る狭い海峡の景観を楽しめます。
音戸の瀬戸を切り開いた平清盛が、人柱の代わりに建てたもの。三国志の饅頭の話に似ている。現在は、桟橋が壊れていて道路からしか見れない。
清盛塚(広島県指定史跡)音戸の瀬戸の開削工事の際に人柱ではなく、一字一石、お経を書き記した石を沈めて安全を祈願した場所とされています。難工事を完成させた功績を讃え、供養のために元歴元年(1184)に建立されました。↑ちなみに元歴元年は 壇ノ浦の戦い で 平家滅亡 となった 元歴二年 の前年です。
間近に色んな船を見ることが出来ます。
立て看板によると「音戸の瀬戸を切り開いたと言われる平清盛が、当時大工事を行う際に献じたと言われる人柱の代わりに、一時一石の経石を海底に沈め、難工事を完成させたと言われています。清盛塚は1184年に建設されたと伝えられており、周囲49mの石垣に囲まれた塚の中央には、清盛公の功徳をたたえた高さ2mほどの宝篋印塔(ほうきょういんとう)があります。境内の黒松は1719年に一度枯死して植え替えられたとされています。1999年に再び枯れてしまいましたが新しい幼木が育って、現在まで「清盛松」として親しまれています」とのこと海に囲まれた塚です手前の桟橋から見ます表の道が交通量が休みの日は意外と多いので横断歩道を渡るときは注意しましょ。
2020年3月21日訪問呉市の軍港からタクシーで渡し船の辺りに案内して頂いて後は歩いて。1184年平清盛公が難所である音戸の瀬戸を切り開いた功徳を称えて建立されたと説明板等伝わりますが、地質学上繋がってはいなかった、また宝篋印塔は室町時代のものらしいですが清盛公の何らかの影響あったことは間違いなく音戸大橋からも清盛塚の全体像が望めます。少し登りが厳しいですが近くに公園が有り清盛関連の像や碑も有ります。またこの時別の運転手さんが丁度広島カープが佐々岡監督変わりオープン戦から応援されていて熱心だったんですが3年間Aクラスなく昨日退任。
目の前の狭い海峡をまあまあ大きな船が通ります。通る船舶も多く、必要な海峡だと感じました。清盛の時代にも大変便利な重要な海峡だったのですね。駐車場あり、トイレあり。
海に突き出た桟橋的な場所で、音戸の瀬戸の ここは川か? って思うほどの潮流の速さが間近で見れてとても良いスポットだと思います。
音戸大橋を渡った直ぐに、史跡「伝清盛塚」がありました🤔。音戸の瀬戸を切り開いた『平 清盛』公の塚だそうです。音戸大橋を潜って行く船🚢を眺めて偉大な工事だったんだなあと思いました。🤗第二音戸大橋とのコラボ景色もgoodです。👍
歴史の名所地。こんな所にと言う場所にあります。釣りに於いては、大物狙いの釣人が居ます。駐車場なし。
| 名前 |
伝清盛塚 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
082-513-5021 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
平清盛を供養する塚。陸から目と鼻の先にあるが海に遮られ行く事が出来ないが雰囲気は良い。