沖縄の歴史、英祖王陵を探訪!
浦添ようどれの特徴
1945年の沖縄戦で壊れた歴史的遺跡で感動的です。
侍の墓として知られる英祖王の墓が魅力です。
2005年に復元された神聖な場所で静寂を楽しめます。
浦添ようどれは、琉球王国成立以前の王たちが眠る、沖縄でも特に重要な史跡のひとつです。13世紀後半から14世紀にかけてこの地を治めた英祖王、察度王が葬られたと伝えられ、自然の石灰岩を掘り込んで造られた横穴墓は、当時の高度な土木技術と死生観を今に伝えています。「ようどれ」とは夕凪(よど)む場所を意味すると言われ、ここが単なる墓所ではなく、王の魂が鎮まり、国を見守る聖域として考えられていたことがうかがえます。伝承では、王たちは死後もこの地から人々の暮らしを見守り、浦添城と城下町を霊的に支えていたとも語られています。石積みの城壁、静かな参道、岩肌と緑が共存する景観は、歴史と自然信仰が溶け合った沖縄らしさそのもの。派手さはありませんが、歩くほどに時間の厚みを感じる場所で、年頭や節目に静かに手を合わせたくなる史跡だと感じました。訪れる際には足元にご注意の上、軽装、大声での会話などはお控えください。
浦添ようどれは琉球王国の陵墓である。浦添城跡の北側中腹にある。英祖王(13世紀の中山王)と尚寧王(琉球王国七代国王)が葬られているとされる。ようどれとは夕凪の意である。浦添ようどれには二つの墓室があり西室が英祖王陵で東室が尚寧王陵とされている。浦添ようどれは1261年に英祖王によって築かれ、1620年に尚寧王によって修復されたと伝わる。発掘調査でも13世紀に造営されたと見られている。沖縄戦で大きな損傷を受けたが1955年に墓室部分が修復され、2005年に復元が完了した。現在は墓室内部を見ることはできないが、見事な石垣、石造りの遺構が復元されている。段状に築かれた石垣は大変美しい。浦添城跡で一番の見どころはこの浦添ようどれであろう。浦添ようどれを含む浦添城跡として国の史跡に指定されている。
駐車場から歩いてすぐ左手の階段を降りていきます。右側が英祖王陵、左側が尚寧王とその一族のお墓だそう。ようどれ館に、内部のレプリカが再現されてました。
駐車場から歩いてすぐ左手の階段を降りていきます。右側が英祖王陵、左側が尚寧王とその一族のお墓だそう。ようどれ館に、内部のレプリカが再現されてました。
モノレールの駅から徒歩で行けます。何も知らずに行きましたが、あちこちに説明板があるので分かりやすく、スマホで検索しながら周りましたが、歴史を感じられるよい場所です。平日に行ったせいか、地元の方と思われる人以外は、全然人がおらず、ゆっくり、じっくり見て回れます。
昨年秋頃に スプレーで落書きされてましたが現在は綺麗に消されています心無い人がいるもんですね〜駐車場から目的地まで結構歩くので、水分を持って行った方がいいかもです経路は整備されているので歩きにくい事はないですが、島ぞうりはやめた方がいいかも😅
駐車場は「浦添ようどれ館」より西へ150m進んだ駐車場(15台くらい)が一番近いでしょう。案内板に沿って50m進み60段以上の階段を降りると、石積造りの「浦添ようどれ」に到着します。「ようどれ」とは、海が穏やかな様子の「夕凪(ゆうなぎ)」が由来といわれ、静かな墓地というような意味だと思います。琉球王国成立以前の三山時代に浦添周辺を治めていた「英祖王」の墓で、浦添出身で琉球王国の国王になった「尚寧王」が1620年に改修して、向かって右に「英祖王」の墓・左側に「尚寧王」の墓を造った共同墓地です。石崖を掘り込んだ横穴式墓室で、戦争時の激戦で破壊されましたが2005年に再建されました。墓の間には「ようどれの碑文」(別名:ようとれのひのもん)という黒い石碑が建っていて、尚寧王が改修した経緯が表は平仮名・裏は漢文で描かれているそうです。壮厳で静かな祈りの場所です。
浦添市に有ります。戦後、復元工事により再現された構造物です。ようどれとは、夕凪の事でその静かなさまが王陵に付けられたと伝わっています。
浦添城北側の断崖につくられた王朝の陵墓。沖縄戦で破壊されましたが、戦後復元工事が進められ、最近になって完成したものです。再建されたようどれは、沖縄の城の特色でもある、石垣をち密に組み合わせた曲線的な構造が目につきます。手前の広場から眺めると、まるでヨーロッパの中世の城を思わせるような迫力と重量感があります。浦添城跡を代表する遺構と言えるでしょう。
| 名前 |
浦添ようどれ |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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2026年2月5日に見学。13世紀後半に築かれた英祖王と尚寧王の墓。高台の上から階段を下り、高台中腹に石垣で場所になっています。切り立った崖壁に白く墓が作られていました。浦添グスクは沖縄戦の日本軍陣地であり、激しい戦闘が行われたため「ようどれ」も破壊されました。現在の石垣やようどれは2005年に復元されました。「浦添ようどれ」については、高台上の駐車場から少し離れた場所にある「ようどれ館」(有料)で歴史や出土品などが紹介されています。