富士塚と歴史が魅力の神社。
富賀岡八幡宮の特徴
富士塚が魅力的な神社で、歴史を感じる空間です。
江戸の力持ちを辿る旅にも名を馳せる、由緒ある神社です。
子供たちの憩いの場となり、地域に愛される存在です。
R7.6平日10:20 初訪問静かでゆっくり参拝出来ました。
イチョウの木が素晴らしい神社でしたー😀
境内には富士山を模して造られた富士塚があります。江戸時代には「お富士さん」と呼ばれ親しまれていたそうです。
周りはマンションなど中層建物が在る変わった路地に鎮座されてます。鳥居をくぐってすぐに空気がガラッと変わります。拝礼を済ませ、正面左手に進むと若めな梅が植樹され、更に奥へ進むと小高い(二階位の高さ?の)溶岩で模られた富士塚が観られます。一周すると未だ草花も生えてこない春先には(3月中)野蒜の群生がお目見えしてました。
職場に関連のある施設に行った際に近くにあった神社だったので参拝しました。都会の一角にある神聖な雰囲気の神社です。
水かけ祭で有名な深川「富岡八幡」の元宮ということです。
江戸の力持ち扇橋三次郎を辿る旅でやってきました。
門前仲町の富岡八幡宮の先宮との事、歴史の世界は興味深い事が有って楽しいですね。境内の裏には富士塚が有って江戸時代も深川の隣で砂町も栄えて多様な史跡が沢山有ります。
富賀岡八幡宮、街中にあるものの物静かな雰囲気がある神社で東京都江東区の南砂町に位置し敷地内に保育園も併設されていおり、平日の昼間は子供たちや周囲の住人の憩いの場として愛されいいるよで、東京メトロ東西線の南砂町駅からは徒歩9分程の地に鎮座する鎮守社として拝められている。一説には、同じ江東区内の富岡八幡宮の元宮との伝記が残る社の一つと言われている。奈良時代の天平勝宝元年(749年)に右大臣の藤原豊成によって下総守として創建されて富岡八幡宮はこの地から寛永4年(1624年)に深川の地に遷座したと伝えるため、当社はその元宮との説もあるため元八幡とも呼ばれていると記されている。当の富岡八幡宮側の縁起に富賀岡八幡宮が直接出てくるわけではないとされているが当社が元宮だという伝承があるのは江戸時代から広く紹介されているとされている。南砂町周辺は人口が急増しているエリアであっても地元の神社として今も親しまれている。
| 名前 |
富賀岡八幡宮 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
03-3647-9472 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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富賀岡(とみがおか)八幡宮と読む。深川にある例の⚔️富岡八幡宮🔪と社名は似ていますが全く関係がないわけではなく、こちらの方が由緒が古く、深川が建立される前から存在していたと言われることから、"元"を冠して、久しく"元八幡"と通称されています。東京メトロ東西線の南砂町駅2a辺りの出口を出ると南砂三丁目公園の中に放り込まれますが、この公園内を通ると道がややこしく、遠回りになるので、初めて向かう場合はそのまま南砂七丁目の交差点までクルマ通りを東進して左折した先にあります。道を尋ねるときは境内地にある"八幡保育園はどこですか?"とか、元八幡の交番が境内南東隅にありますから、交番はどこか,と聞いたほうが分かりやすいかもしれません。クルマで向かう場合は、葛西橋通りを葛西橋に向かって進み、東砂町七丁目の丁字交差点を南へ曲がって、その名も"元八幡前交番"の交差点を右折したところ、永代通りから入る場合は、清砂大橋西詰の交差点を北折して、地下鉄東西線のガードを潜ったら、左手に見えてきます。境内が広いのでクルマのお祓いはそのまま入れますが、保育園がありますから注意が必要です。授与所が本殿向かって右手にあるにはあるのですが、授与品(お札や神宮大麻、窓型お守りなど、大したものは無い)は並べてあるものの、日焼け止めが覆っていて、何があるんだかさっぱり分からないうえに、神職が、常駐しているにはしているものの、行方知れずのことが多く、やや変わった神社としても有名。本殿の裏手に回ると、小高い溶岩のお山が築かれていて、ここは、摂社の浅間神社(浅間講)の境内社地なんですが、近年、崖崩れが頻繁に発生したため、登山禁止になってしまいました。社史は古く、江戸時代~昭和の初めあたりまでは、神社の南はもう海で、砂町海水浴場なんかがあったりして、江戸名所図会にも描かれている名所でした。