景行天皇ゆかりの古代山城。
御所ケ谷神籠石の特徴
景行天皇が行宮を設けた歴史ある場所です。
白村江の戦いに関連する古代山城の跡です。
御所ケ岳周辺は道が整備されて散策に最適です。
神籠岩が状態良く残ってます。2時間ぐらいで回れます。
無料パンフレット、駐車場にトイレに案内板と さすがに国史跡👏ぐるーり山陵の南門まで見て回ると 山城に慣れた足で2時間半かかった🚶♂️散策路は チョッピリ シダの草むらもあったけど パンフの案内図と地形図アプリで 迷うこと無く遺構を楽しめた👍️「神籠石系山城」とも言われるらしく 古代山城の勉強になりました。
古代山城跡。景行天皇が熊襲征伐を行う際、行宮を設けた場所です。このことからこの辺りは、京都郡みやこ町という現在の地名で名残があります。晴れていると景色が良く、山口県宇部市辺りまで眺めることができます。古代人がどういう想いでこの景色を眺めていたのか想いを馳せました。歴史のロマンを感じることができる貴重な場所です。なお、私は最寄りの豊津駅から徒歩で行ったのですが、中門跡まで1時間10分ほどかかりました。
景行天皇がここに行宮を置かれたので京(みやこ)と呼ばれた。京都郡の起源である❗️したがって、神籠石は3世紀以前に築かれた。4世紀に神功皇后がここに拠る忍熊王を撃破。神籠石は壊されたようだ。ここは邪馬台国の城跡である❗️
2020年の12月に行きました。駐車場から結構歩きます。全部見てまわるには少し時間がかかるかも‥自分は知らなかったので全部見る前に暗くなってきたので帰りました。
登山口でもあるのでトイレの整備もお願いしたい。
ゴールデンウイークに散策しました。神籠石系山城には数ヶ所訪ねていますが、御所ケ谷神籠石の中門は特に立派です。現地に立つと組石の大きさと組み方の精緻さに圧倒されます。感動しました。こういった山城は、「白村江の敗戦後に、唐・新羅が攻めてくるかもしれないから防衛のために築かれた」との通説があります。本当でしょうか?600年後の元寇の際には、博多湾沿いに防塁を築いて相手の上陸を阻止できたようです。半年間で20kmもの石組みなどを築いたとのことで、石組みは粗いものでした。一方、白村江の敗戦後には、博多湾沿いではなく、西日本の国々に立派な石組みを築いたのは不思議なことです。急ごしらえで築かれたとは思えない立派なものです。白村江の戦いとは関係なく、各国が整備していたのでしょうか。どなたか、新説をお持ちではないですか?
古代の山城で白村江の戦いで敗れた後に侵略に備えて作られたと看板に書いてありました。遺跡も見られ軽い山登りもでき楽しいです。近くに3〜4台駐車でき、少し離れた場所に大きな広場もあるので車で近くまで行けます。
香川の屋島、岡山の鬼ノ城、太宰府の山城に続いて、4つ目の古代山城。都合で中門までだったので、次はもっと見て回りたい。
| 名前 |
御所ケ谷神籠石 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 7:00~18:00 |
| HP |
https://www.city.yukuhashi.fukuoka.jp/site/bunkazai/1600.html |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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2025/12遺跡巡りみたいで楽しかったです。全部巡ろうとしたら、1〜2時間はかかるかもしれません。池側から行けば、主要の景色は見られます。上からの景色も最高に綺麗でした。