応神天皇が立った神社。
生立八幡宮の特徴
応神天皇と神功皇后を祭る由緒ある神社です。
境内には巨木と清流が流れ、心地よい空気感があります。
5月の神幸祭では華やかな出店で賑わい、多くの人が訪れます。
福岡県京都郡の犀川総鎮守と旧仲津郡(犀川・豊津・一部行橋市)の氏神として祀られている生立八幡宮。言い伝えでは皇后天皇が筑紫(福岡県)で応神天皇の産後、大和へ向かう道中につかまり立ちをした地とされることから、生立と名付けられたそうです。境内に入るなり、目に映るのは大楠があり、御神体として護られていると案内されてます。御朱印は拝殿に書置きが用意されています。直書きもありますが事前に受付してるそうです。
生立八幡宮は、平成筑豊鉄道田川線の犀川駅の北西550mほどの福岡県京都郡みやこ町犀川生立(旧京都郡犀川村大字木山字宮ノ本)に鎮座している犀川総鎮守の神社です。旧社格は県社です。養老7年(723年)犀川大村にて創建しました。治暦3年(1067年)に現在地に遷座しました。江戸時代の豊前小倉藩政時代は「仲津郡大社」「一郡一社之宗廟」として、藩からの手厚い保護を受け、現在のみやこ町犀川・豊津、行橋市の一部の氏神様として広く信仰を集めていました。「生立(於比多都=おいたつ)」の名称の起源は、神功皇后が筑紫の地で応神天皇をお産みになり、翌春、大和の国に行かれる途中この地に立ち寄られ、ご幼少である応神天皇は霊石(現在大村区に現存)と神功皇后の御膝につかまり初めてお立ちになられた。これを皇后は非常に喜ばれ「わが御子すでに生い立つなり」と言われたので、その名がついたと伝わっています。一の鳥居は、昭和8年(1933年)の建立です。二の鳥居は、文化9年(1812年)の建立です。狛犬は、天保6年(1835年)の建立です。御祭神は、応神天皇(おうじんてんのう)・神功皇后(じんぐうこうごう)・比売大神(ひめおおかみ)です。御神木は、樹齢約800年と伝わる高さ30mの楠の古木です。神功皇后が自ら放たれた蜷(にな:巻貝の一種)が生息しています。嘉永7年(1854年)豊前小倉藩が大砲の台座の用材に差し出すよう要求したときも、時の宮司や地元氏子が霊験を説いて伐採されずに済んだ伝説があります。境内社として、二兒神社があります。毎年5月に行われる神幸祭『犀川神事(生立八幡神社山笠:福岡県指定無形民俗文化財)』が有名で、治暦3年(1067年)から始められたと伝えられています。期日は5月の第2日曜日を最終日とする3日間(金曜、土曜、日曜日)です。祭りの呼び物である奉納山笠は、重さが約3.5トンもあるといわれています。山笠は全部で8基あり、これを担いで押し進める姿は勇ましく、見る者を圧倒します。初日(金曜)は「お潮井取り」で、社前の今川でお水を取りお神輿と山笠のお清めを行います。続いての2日目(土曜)は「お下り」で神様を乗せたお神輿が大村区の立屋敷へと巡幸し、それと同時に山笠もご動座し、大村に着いたお神輿は「立屋敷神事」の祭典を行った後、御旅所へ向かい一夜を明かします。その夜には夜市が立ち、神楽も奉納されます。最終日(日曜)は「お上り」で御旅所を出たお神輿は浮殿(うきどの)にて浮殿祭の祭典後、山笠は元の位置へ移動を始め、移動が終わるとお神輿が神社へと帰り、神幸祭は終了します。山笠は曳山(車輪付で動かす)2基と舁山(車輪はなく、担ぎ上げる)6基の2種類があります。重量は約3.5トン、高さ15mで福岡県下最大級の規模を誇ります。山笠が神輿に随行する形で、社前の馬場を200m近く往復します。神社のある「犀川(さいがわ)」という地名は、かつてあった豊前小倉藩の仲津郡(なかつぐん)犀川村に由来します。明治22年(1889年)木山村・大坂村・谷口村・大村・花熊村・柳瀬村・崎山村が合併して、西犀川村が発足しました。明治29年(1896年)京都郡(みやこぐん)西犀川村となりました。明治38年(1905年)西犀川村・南犀川村・東犀川村が合併して、犀川村が発足しました。昭和18年(1943年)犀川村が町制施行して犀川町となりました。平成18年(2006年)犀川町・勝山町・豊津町が合併して、みやこ町が発足しました。八幡神社(はちまんじんじゃ)は、大分県の宇佐神宮を総本社とする神社です。全国に約44,000社存在し、日本で最も多い神社の一つとして広く親しまれています。主祭神は15代天皇である「誉田別命(ほんだわけのみこと:応神天皇・八幡神)」です。応神天皇は、皇室の守護神(天照大神に次ぐ)で、出世開運の神ともいわれ、筋肉隆々で逞しく、実存性が高い最古の天皇といわれています。平安時代に源氏が「八幡神」を氏神として崇拝したことから「武運の神」としての地位を確立し、武家社会の広がりと共に日本全国へ普及しました。現在では、勝負事の神様としてだけでなく、教育や安産、厄除けの神としても信仰されています。
平筑鉄道田川線の犀川駅から喜多良川を渡って徒歩8分程度です。一の鳥居の前に立つと、真っ直ぐに伸びる参道の先に、森の闇に沈むようにして拝殿が佇んでいるのが分かり、奥行きと神聖さを感じました。参拝時は晴天でしたが境内はヒンヤリとしており、1000年以上の時を刻んだ当宮は、単なる「古さ」ではなく、その土地と一体化した圧倒的な風格が漂っていました。参道と社殿の境目にある2本の大杉が、まるで三の鳥居のように思え、社殿の脇にそびえ立つ樹齢約800年のクスノキも見応えがありました。723年に創建された由緒ある神社で、1067年に現在の地に移転しています。神社名の由来となった神功皇后と応神天皇が御祭神です。毎年5月に開催される神幸祭(犀川神事)では、重さ約3.5 トンのカラフルな山笠8基の巡行が見るものを圧倒しており、生立八幡神社山笠行事として県の無形民俗文化財に指定されています。
何と言っても境内入り口鳥居の横に有る一対の狛犬!二本足で立ち上がった吽形と玉を片手に逆立ちした阿形様です!この石工様の狛犬は曲芸狛犬、アクロバット狛犬などと言われ人気があります、筑豊地区の神社ではたまに見かけます、おそらくは同じ石工様の作品と思えますが、その中でもこの神社の狛犬は大型で神社に立ち寄った際あっと驚く見事さです。天保六年(1835)建立駐車場も整い、境内も美しく整備され大きな池に白い巨鯉が泳いでいます!御神木の楠もみやこ町指定文化財、その枝ぶりの素晴らしさは飽きることなく見上げられる雄大な姿です!
2023年 11月参拝。前を通る度に気になっていたので参拝しました❗おいたつ八幡宮と読みます❗応神天皇が、生まれて初めて立った場所だと言われ社名となっています❗境内は、川と池で水辺が周りを囲み…緑に覆われた社叢で 2本の杉と、拝殿側の大楠が立派なお社です✨その楠に寄生する巻き貝が、こちらでは歯の痛みに効果があるとされています✨しっかり寄生していました❗御朱印を戴きに来ました❗こちらは、直書きは予約、書き置きは、拝殿にご用意されています❗突然の訪問でしたので、書き置きを戴こうとしましたが…書き置きも 無くなっていたので予約して 後日書いて戴きました✨拝殿の彫りの龍がまた良いですよ✨駐車場は、⛩️横のスペースに駐車可能です❗
お祭りの時は盛況のようですが、普段はひっそりとした落ち着き感のある神宮です。かなり社殿が傷んでいるようで、今回は神社の裏手(御手洗い方面)から訪問したのですが、てっきり廃墟かと思うほど荒れて見えました。しかし境内はとてもキレイに掃除がされており、本殿の裏側までキレイに枯れ草や木くずが掃除がされてました。6月に訪問したのですが、杉の木からかなり大きな毛虫が「ボトっ!」と落ちてきたのでかなりびっくりしました。
近くを通る時はご挨拶に寄らせて貰っています。参道をはさみ門のようにそびえる夫婦杉が印象的。右手奥の大楠には陸生の蜷貝シーボルトコギセルが住んでおり、幕末の外国船対策の大砲の台座用に切られそうになったところを神功皇后の蜷貝の伝説等歴史的な価値を説くことで伐採を免れたという逸話も。他にも縛り龍伝説の残る歴史浪漫溢れるお社です。近年は境内の木々にアオサギが住み着いていて巣作りをする姿や声がしてにぎやか。春に行われる神幸祭は舁き手の減少などにより山笠が減っていますがそれでも2024年は自衛隊が参加し子供達も普段間近に見ることのない軍事車両や隊員に興味津々のようでした。平安時代に始まった頃の祭りは簡素な神輿だったようですし山笠スタイルになったのは江戸時代。今後もその時代に合った方法で地元の方の想いの伝わるお祭りが続いていく事を願います。
平成筑豊鉄道・犀川駅より徒歩10分程の場所にある由緒ある『生立八幡宮 おいたつはちまんぐう』です😃御祭神は、応神天皇・神功皇后・比売大神の三座をお祀りしておられ、犀川の総鎮守であられます。とても立派で歴史のある神社ですので、出来れば整備されると犀川も栄えると思います。
神功皇后ゆかりの地⛩生立八幡宮 みやこ町御祭神 応神天皇 神功皇后 比売大神生立(於比多都=おいたつ)の名称の起源は、神功皇后がこの地に立ち寄った際にご幼少の応神天皇が霊石と神功皇后の御膝につかまり、初めてお立ちになられたことを喜ばれ「わが御子すでに生い立つなり」と言われたので、その名がついたと伝わっているそうです。5月の神幸祭での山笠奉納は圧巻です。また福岡県の無形民族文化財に指定されています。樹齢800年と言われる御神木(楠木)や境内にある杉の木はお見事ですよぉ。
| 名前 |
生立八幡宮 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0930-42-0506 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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行橋市街からR201に入り南下しみやこ町勝山新町の交差点で左折し県道58に入り右側集落過ぎで右折し県道242に入り道なりに犀川生立まで進み今川前で右折し川沿いを進むと右側に神社は鎮座している。神社の由緒等は掲示してある。参道は標柱、逆立ち等をするユーモラスな狛犬、第一鳥居を過ぎ第二鳥居、石灯籠群、神橋、手水舎となり2本杉の大木の間を過ぎると再び標柱、石灯籠、御社となる。御社は瓦葺屋根の庇のある向拝で梁の上は多くの肘木により屋根が支えられており芸術的にも見える。拝殿の両側は屋根のある回廊が続き神域が護られている。広い境内には境内社も鎮座しており樹齢800年を超えるクスノキの巨木等多くの大木に御社は囲まれている。明治以前の神と仏の共存する神仏習合の時代の御神体像が明治の神仏判然令による廃仏毀釈の難を逃れ引き継がれてきていると案内には記されている。