双葉山の偉業を体感しよう。
双葉の里の特徴
大分県宇佐市の双葉山の生家跡に位置する記念館です。
伝説の大横綱双葉山の偉業を展示した歴史博物館です。
毎年開催される菊花展が地域の魅力を引き立てています。
今回は、毎年行われる菊花展を拝見に寄りました。地元の方の協力で、見事な大輪の菊を観ることができます。普段は、横綱双葉山を業績を称える記念館と記念碑、そして奥に復元した生家があります。観光滞在時間は、10分程度かと思います。ずいぶん前の偉人ですから、生前のここに来られる方の多くは、活躍を知る年齢の方や地元の方が中心にようです。
大分県 宇佐市にある横綱双葉山の記念館です。綺麗で わかりやすい記念館でした。横綱双葉山は 昭和13年(1938年) から昭和20年(1945年) まで横綱に在位し、幕内最高優勝12回(年2場所時代)、1936年から1939年にかけて69連勝した(5場所連続全勝優勝含む) 大横綱です。当時、大相撲の枠を超えて国民的人気を得た。昭和の頃までは 相撲界で一番尊敬されていた人物と言っても過言ではないと思います。昭和45年頃から相撲をよく見ていますが、平成の中期までは 双葉山の現役時代を見た人が存命だったので、テレビでも雑誌でも 双葉山の話になると 皆が褒め称えました。皆から尊敬され、神格化されているような印象でした。双葉山の記録については、今は年6場所なので 単純に3倍すると 36回優勝。白鵬が45回優勝し 双葉山を抜いた。連勝記録は 白鵬は63なので、今でも双葉山が最高記録です (連続の全勝も白鵬は4場所)。戦前は 大阪場所や名古屋場所が「準場所」だったが、この準場所を含めると、1937年から1938年にかけて 双葉山は87連勝している。「双葉の里」相撲に興味がある人は 1度来てみる事をおすすめします。第3月曜日が休館です ( 第3月曜が祝日の場合は翌日が休館)。年末年始も休館になるので要確認です。
ひとつの建物に売店と資料館が入っています。規模は小さめです。コミュニケーションを楽しみたい方には良いかもしれませんが、そうでない方にはやや入りづらい雰囲気がありました。資料館では双葉山の歴史を知ることができます。手形もあるので自分の手と比べてみるのも面白いと思います。売店の方も拝見したかったのですが、何か買わないと店を出られない様な感じがしたので今回は断念しました。相撲や双葉山に興味がある方にとっては良い場所かもしれません。
2024年1月の祝日の午前に訪問。お客さんはおらず独り占め。双葉山の足跡かよくわかります。バリアフリーにも対応。裏手に生家がありこちらも見学できます。
双葉山の偉大な記録に感動しました。勉強も出来ました。近くに生家があります。駐車場も資料館も無料でした。とても満足しました。
宇佐市が生んだ昭和の大横綱双葉山を紹介する資料館。相撲ファンはもちろん、あまり詳しくない人も一度訪れる価値あり。土産物店も併設されている。
角聖・双葉山の事績や、ゆかりの品々等が年表と共に展示されています。身長179センチ、片目がほぼ失明状態(白濁していたため神眼と呼ばれていた)だったにも関わらず、不滅の記録69連勝を達成するなど他の横綱と一線を画する存在だったと言えます。
双葉の里は私の天津地区に有り宇佐を代表的な観光駅とも言える場所です。是非市外、県外からも相撲ファンに来てユックリ休憩してもらいたいです。天津は素敵な所がいっぱいです。歴史と地域の優しさの地区です。
菊花展に行きました😅地区の方が売ってた高菜の漬物、1袋100円はお得でした。
| 名前 |
双葉の里 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0978-33-5255 |
| 営業時間 |
[木金土日火水] 10:00~17:00 |
| HP |
https://www.city.usa.oita.jp/tourist/touristspot/touristspot2/touristspot3/10177.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
昭和初期の大横綱・双葉山の足跡を紹介するミュージアム。双葉山 定次(ふたばやま さだじ、1912年2月9日 - 1968年12月16日)は、大分県宇佐郡天津村布津部出身で、立浪部屋に所属した力士。第35代横綱。現在も破られていない69連勝の大相撲記録を持つ昭和の大横綱です。彼の右目は幼少時のケガのためにずっと半失明状態で、右手小指は不慮の事故で先端が欠損していたそうです。1939年1月場所の4日目、70連勝がかかるこの日の対戦相手は西前頭3枚目の安藝ノ海(あきのうみ)。彼は双葉山の連勝を阻止すべく、相当な稽古と入念な作戦を練ったといいます。立会いと同時に安藝ノ海の突っ張りを跳ね上げ、右四つに組み何度か応酬。最後は双葉山がすくい投げにいき両者倒れ込んだものの、先に双葉山の体が土俵に落ち勝負あり。連勝は69で止まりました。敗れたその日の夜、双葉山は知人にあてて一通の電報を打ちます。「ワレイマダモッケイタリエズ(我、未だ木鶏たりえず)」木鶏(もっけい)とは、中国の故事に由来する言葉で、まるで木彫りの鶏のように驕りも昂りもない、まったく物事に動じない闘鶏における最強の状態のことを指すそうです。つまり双葉山は、何十連勝していようが自分はまだまだ半人前に過ぎないのだと己を戒めたのでしょう。この話を聞き、今は亡き双葉山が一気に好きになりました。