歴史の息吹、手取川の戦い!
手取川古戦場石碑の特徴
知る人ぞ知る上杉軍と織田軍の戦いが起こった場所です。
歴史ファンにはたまらない、戦の舞台を訪れられます。
駐車場が完備されているため、アクセスしやすいです。
新潟県民です。上杉謙信と織田信長にゆかりのある場所ということで石碑だけでもテンション上がりました!手取川は川幅広く、想像を膨らませると感慨深い土地でした。
歴史好きとしてはテンションが上がります。
ここご手取川の合戦の舞台かぁと遥か昔に想いを馳せつつ。川幅の広い手取川が目の前に。確かに鎧兜を着てここを越えるのは難しいだろうなぁ。ちなみに碑以外は特に何もありませんので好きな人向けのスポットかと。
手取川の戦いの説明が刻まれた石碑とその戦いの様子を歌った歌を刻んだ石碑の2つが並んでいます。手取川沿いで駐車場はあります。
上杉謙信と柴田勝家が戦った手取川の戦いの石碑がありました。歴史好きやと興味あるスポットなんやけどマジで石碑しか無かったわ。
石碑以外特に何がある訳でもありませんが織田軍(本人はいませんでしたが)VS上杉軍の二大勢力の戦いがあった場所なので何となく体温が上がります😤
駐車場あり。川幅が広かったー。
ぱっとしませんよ。
上杉軍と織田軍との戦い。次の年に上杉謙信が亡くなられます。織田信長の家臣たちが武田信玄公や上杉謙信公と戦いますが織田信長自身は戦っていません。げんきと天正は周りに敵対する勢力が多く。ただ織田信長包囲網が破れると戦略戦術が頓挫してしまいます。武田信玄公はあくまで甲斐が本拠地。上杉謙信公はあくまで越後が本拠地。織田信長はなごや、清洲、稲葉城、安土城と移転しています。近くに居城を移し戦略戦術、へいたん武器食糧の輸送や増兵や援軍しやすいようにしていた。初めから尾張国内の者同士の潰しあいをせざるをえなかった。その差からいろいろ考え出された。武田信玄公の軍と上杉謙信公の軍は戦国時代最強一番弱い尾張の軍でいかにして勝つか。いろいろ考えると面白いです。
| 名前 |
手取川古戦場石碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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いつか来てみたかった古戦場跡のひとつでようやく実現しました。鉄道利用でも小舞子駅から徒歩10分くらいで到着しました。石碑があるのは呉竹文庫という施設のすぐ隣の駐車場にあります。このあたりで当時最強とも言われた戦国大名の上杉謙信が柴田勝家を圧倒した合戦があったとは感慨深い。北から南下した上杉軍が柴田軍を増水していた手取川に追い落として柴田軍に多数の溺死者が出たとあるので実際の活戦は手取川北側だったのか?それともこの石碑のある手取川南側まで上杉軍の追撃があったということでしょうかね。