歴史感じる1186年創建の慶元寺。
慶元寺の特徴
1186年創建の歴史ある浄土宗の寺院です。
浅草の江戸氏の菩提寺として名高い古刹です。
美しい石畳の参道や大きな銀杏が魅力的です。
東京23区最果ての地である喜多見の中でも奥地となる多摩川に近いあたりにある寺院。駅から遠いので参拝にはバス利用必須。寺の周囲はほぼ住宅街。昭和に建てられたと思われる家が多いノスタルジックな景観に胸を打たれる。寺の山門前は昭和どころか江戸時代に還ったかと思われるような雰囲気。参道を押しつぶすかのように植えられた杉並木の迫力が圧倒的である。慶元寺は元は江戸城を創建した江戸氏によって現皇居域内の紅葉山に建てられた寺。平一揆敗北により江戸氏が江戸を退去して喜多見に移るに及んで慶元寺もこの地へ移ったという。江戸氏がこの地で生き永らえていたかと思うと感無量である。永劫山の山号は誠にもって相応しい。境内には江戸重長像・江戸氏喜多見氏墓所などあり。
世田谷区喜多見敷地に幼稚園があるので夕方は幼児が遊んでます。 世田谷一古い本堂がある立派なお寺で、江戸由来の江戸氏の菩提寺だそうです。墓地に三重塔なんてなかなか見れません。Google検索したら裏口に辿り着きました。裏口から境内へはいけません。裏口は雰囲気ある庭で、これまた素晴らしいです。
お寺自体は境内が広くて気持ちが良いです隣の会館はバリアフリーのトイレもあり鍵のかかるロッカーもあり使いやすいですただ喜多見駅、成城学園前駅からはどちらも遠いです喜多見駅からGoogleマップで行ったら一般は利用できない裏門から入るような案内をされて逆に遠回りになりました氷川神社の前に細い道があるのでそこを進んで墓地の手前で右に曲がると横から入れました。
1186年創建の慶元寺。「江戸」の由来ともなった江戸太郎重長により現在の皇居付近に造られ、当初は東福寺と名乗っていました。歴史の流れの中、江戸氏は没落していき、太田道灌に江戸城を明け渡して当寺と共に喜多見に移転しました。その後1540年に東福寺は慶元寺に改称、1593年には江戸氏は喜多見氏と改めて徳川幕府に仕えました。1716年に再建された本堂は世田谷区に現存する最古の建造物とのことです。
浄土宗の寺院で江戸氏の菩提寺です。石畳参道を進んで山門抜けると左に鐘楼堂が正面に本堂右にある墓地の中に三重搭が有ります表にある欅の大木が世田谷区の名木百選に指定去れてます保育園の右に参拝客用の駐車場が有ります。
境内入口から西に向かって林の中を伸びる石畳参道を進むと、宝暦9年(1755)建立された立派な山門があり、山門をくぐった先に享保元年(1716)再建の本堂を擁する伝統的な浄土宗の寺院である慶元寺。文治2年(1186)、江戸太郎重長が今の皇居紅葉山付近に天台宗の寺院として創設したのが始まりで、室町時代の中頃、江戸氏の住居が喜多見に移ったことに伴って現在地に移設され、天台宗から浄土宗に改められた歴史があります。歴史の長い寺院でも、昔の建物が残されている例は東京地区では多くありませんが、慶元寺には江戸中期に建造された本堂、山門、そして鐘楼が残されており、大変貴重と思います。墓地の奥には、平成3年の建造ですが、見事な木造の三重塔があります。徳川3代将軍家光から家茂までの9通の朱印状が保存されている慶元寺、格式の高い寺院です。
木々に囲まれた参道が素敵なお寺です。墓地内には立派な三重塔がありました。
まっすぐな参道が美しい寺院。入り口から山門までずっと立ち並ぶ杉の木の背の高さが歴史深いことを物語っています。慶元寺は、文治2年(1186年)に江戸太郎重長(山門近くに銅像がある)により江戸城(現:皇居)付近にて天台宗の寺院として創建されたが、その後、江戸氏は没落。太田道灌に江戸城を明け渡し支配拠点を喜多見に移転。それに伴い寺院も応仁2年(1468年)に喜多見の地に移転。天文19年(1540年)に浄土宗に改宗。現在の本堂は、1716年建立。美しく掃き清められた境内には清浄な空気が流れています。屋根の上で跳ね飛ぶ飾り瓦の狛犬くんたちの可愛さ。ずれ萌え。
幼稚園の真後ろにありました。撮影地としても有名だそうです。参道に設置されている灯籠のデザインが少しずつ違います。特に、干支が掘られている灯籠が素敵でした🌟
| 名前 |
慶元寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3416-1221 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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文治2年(1186)に創建され、康正2年(1456)に現在の喜多見の地へ移された、長い歴史と由緒を持つ浄土真宗の寺院です。現在の本堂は享保元年(1716)に再建されたもので、区内に現存する寺院本堂の中では最古の建造物といわれています。境内には、歴代将軍から授けられた朱印状をはじめ、江戸氏歴代の墓碑や供養塔など、焼失を免れた貴重な歴史資料や古建築が数多く残されています。また、広い境内には喜多見古墳群(全8基)のうち3号から6号までの4基が現存しており、円筒埴輪や小刀などの出土品から古墳であることが確認されています。中世から近世、そしてさらに古代へとつながる歴史の重なりを感じられる、非常に興味深い場所です。落ち着いた雰囲気の境内を歩いていると、この土地が長い年月をかけて受け継がれてきたことを実感できる、歴史好きにはおすすめのお寺です。