中津城の立派な石垣を体感!
大手門跡の石垣の特徴
大手門跡の石垣は中津城築城時に由来します。
立派な雰囲気の石垣が訪れる者を魅了します。
大手門前には歴史的な町屋が点在しています。
中津城三の丸「大手門跡の石垣」は中津市立南部小学校校舎脇にあります。大手門の桝形虎口の左側の石垣が残っています。この石垣は二度にわたり増設された跡を残しています。大手門の桝形虎口の突き当たりで直角に右に曲がったところ、この石垣の反対側に櫓門型の大手門が建っていました。大手門のあった辺りには「大手門」説明板が建っています。大手門を抜けると三の丸。少し進むと三の丸と二の丸をつなぐ黒御門がありました。中津城三の丸の東端に位置する大手門は「馬出無しの桝形虎口」。中津城の外堀より三の丸(大手門)に入ると、前方左右の三方を囲んだ奥行約23m、幅約6mの桝形があります。面積約138㎡の大手門「桝形」には騎馬武者であれば約30騎(共武者60人を含む)、徒士武者であれば約250人が受容できると言われています。桝形の前方右側には犬丸城の古材木で造られたと言われる櫓門型の大手門でした。
2020年2月訪問。小学校の外壁として街に溶け込んでいて、道路沿いにある立派な石垣。大きな石(鏡積み)がいくつかあり迫力あり。
大手門跡の石垣中津城築城時に由来するとされる京町、姫路町、博多町などの町屋は、城の玄関口である大手門前に置かれました。明治期に、本丸石垣の一部を壊し、本丸へ入る道路が新設されましたが、城内への本来の道は、町屋側から堀を渡り、大手門⇒黒門⇒椎木門⇒本丸へと続くものでした。幕末の絵図には大手門の枡形虎口が描かれています。平成十六年に石垣解体修理を行い、石垣の内部構造が明らかになりました。築城当初の石垣から継ぎ足され、枡形虎口をつくり、現在の南部幼稚園敷地内に大手門が作られました。そして、細川時代の1620年ごろ、八つの門と、二十二の櫓が完成し、ほぼ現在の城の形が整ったとされます。大手門では、城に入る者に威容を示すため、縦石積みや、石の最も広い面を表とする「鏡積み」という積み方をしていますが、鏡積みの内部は大変薄い石でした。また、古い石垣ほど、内部に占める石の割合が多く、しっかりとした構造になっています。
| 名前 |
大手門跡の石垣 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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けっこう立派な石垣やな!これほどの石垣やったら再利用したほうが経済的にも良いんやろうな😃