歴史を感じる六番櫓、400年の美。
六番櫓の特徴
約400年前に建てられた歴史的な六番櫓です。
現存する唯一の二重櫓の一つ、見応えがあります。
幕末を乗り越えた貴重な建築物として魅力的です。
かつては三十余棟あった櫓のうちの一つ。1628年(寛永5年)、建造で国指定の重要文化財。2層2階の隅櫓は7つあったそうですが、今は一番櫓とこちらのみ。右に櫓を見ながら、堀沿いに進んで行くと大手門が見えてきます。そして何より、屏風折れの高石垣がとても美しいので必見。
2023.7 乾櫓、千貫櫓に続き、幾多の戦火、災害を乗り越えて、古くからあるのは、こちらの六番櫓。1628年の造営と言われている。
重要文化財六番櫓二の丸南側の石垣上には、2層2階でほぼ同規模の隅櫓【すみやぐら】が、東から西へ一番から七番まで建っていた。この櫓は東から六番目であることから「六番櫓」という。外側にあたる南面と西面に石落しを1か所ずつ設け、窓は外側を中心に 26、鉄砲や矢を放つための狭間【さま】も多数あけられ、外敵に備えた堅固なつくりをなしている。創建は徳川幕府による大坂城再築工事の最終段階にあたる寛永5年(1628)で、上層の破風【はふ】を飾る東西の懸魚【げぎょ】のうち、西側の懸魚の裏側に「寛永五暦辰拾月吉日」と書かれている。面積は1階が約224.16平方メートル、2階が約133.43平方メートル、高さは約15.4メートルある。
1628年創建の2層2階の隅櫓。東から西へ7棟の櫓が立っていたことから1番から7番櫓の番号で呼ばれていた内のひとつ。現存していること自体が素晴らしいと思います。
重要文化財じゅうようぶんかざい 六番櫓ろくばんやぐら二の丸南側の石垣上には、2層2階でほぼ同規模の隅櫓【すみやぐら】が、東から西へ一番から七番まで建っていた。この櫓は東から六番目であることから「六番櫓」という。外側にあたる南面と西面に石落としを1カ所ずつ設け、窓は外側を中心に26、鉄砲や矢を放つための狭間【さま】を多数あけられ、外敵に備えた堅固なつくりをなしている。創建は徳川幕府による大坂城再築工事の最終段階にあたる寛永5年(1628)で、上層の破風【はふ】を飾る東西の懸魚【げぎょ】のうち、西側の懸魚の裏側に「寛永五暦辰拾月吉日」と書かれている。面積は1階が約224.16平方メートル、2階が約133.43平方メートル、高さは約15.4メートルある。Rokuban-yagura TurretThis is one of the seven turrets built on the stone wall on the south of the Ni-no-maru (Outer Bailey). The Rokuban-yagura Turret comes sixth when counted from the east, which accounts for the name rokuban, meaning sixth. With a device to drop stones to repel enemies climbing the stone wall, as well as a number of windows, this turret was highly resistant to enemy attacks. It was built in 1628, during the early Edo period, and is one of the two turrets that remain today out of the original seven turrets (the other being the Ichiban-yagura Turret).
辛うじて生き延びた六番櫓。空襲にも、戊辰戦争時の大火にも耐えた。この幸運な櫓も1950年、大阪を直撃したジェーン台風で崩壊寸前、あばらやのようになった。その後の応急修理、解体修理で六番櫓は息を吹き返す。重体だったが生き延びたこの櫓を、よく頑張ったと褒めてやりたい。
同規模の櫓が7つ並んでいたと言うのも当時の徳川幕府はすごいですね…
大阪城二の丸南側に位置する現存櫓です。東側から順に一番から七番櫓まであったものが、明治維新の大火や大阪大空襲で消失して、一番櫓とともに生き残った櫓です😄水堀は度肝を抜かれる大きさで、屏風折れの石垣の上に建つ櫓が美しいです(^_^)早起きして来たがいがあった。
景色雄大なり👍
| 名前 |
六番櫓 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP |
https://www.osakacastlepark.jp/articles/detail.html?id=184&lang=ja |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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国の重要文化財!2026年7月上旬、大阪城探訪の際に寄りました。櫓内は見学できませんでした。設置されている説明板には———————————————————————二の丸南側の石垣上には、2層2階でほぼ同規模の隅櫓【すみやぐら】が、東から西へ一番から七番まで建っていた。この櫓は東から六番目であることから「六番櫓」という。外側にあたる南面と西面に石落しを1か所ずつ設け、窓は外側を中心に 26、鉄砲や矢を放つための狭間【さま】も多数あけられ、外敵に備えた堅固なつくりをなしている。創建は徳川幕府による大坂城再築工事の最終段階にあたる寛永5年(1628)で、上層の破風【はぶ】を飾る東西の懸魚【げぎょ】のうち、西側の懸魚の裏側に「寛永五暦辰拾月吉日」と書かれている。面積は1階が約224.16平方メートル、2階が約133.43平方メートル、高さは約 15.4メートルある。———————————————————————-とありこちらの櫓周辺は人影もまばらで今はなきニから五、及び七番櫓が復元されるとより大阪城の魅力が増すのにと思ってしまいました。