田んぼに立つ銀杏の神社。
嘉村八幡宮の特徴
田んぼの中に佇む、自然に囲まれた神社です。
拝殿前に立つ、立派な二本の銀杏が魅力的です。
JR久留米駅から程近く、アクセスが便利な場所にあります。
筑後川を渡り、県道22に入ると左側に集落が点在するようになる。神社は集落の北側、県道22傍に鎮座している。第一鳥居は集落の中程にあり、第二鳥居とはだいぶ離れている。通りから第二鳥居、石灯籠群、坐する狛犬、瓦葺屋根の庇のある拝殿となる。
豆津八幡宮は、JR久留米駅の西2.4kmほどの佐賀県三養基郡みやき町江口に鎮座している神社です。由緒は不詳です。鳥居は、大正11年(1922年)の建立です。手水舎は、大正11年(1922年)の建立です。社殿は、平成10年(1998年)に再建されました。神社のある「豆津(まめつ)」には、江戸時代は筑後川には橋が架けることが禁止されていたため、「大石の渡し」の豆津の渡し場がありました。久留米藩と佐賀藩の重要な交通の要衝として機能しており、川幅が広かったため、人々は渡し船を利用して行き来していました。渡し場の名前は、筑後川の久留米藩側(左岸)の地名である「大石村」(現在の久留米市大石町)と、佐賀藩側(右岸)の地名である「豆津村」(現在の佐賀県みやき町)に由来しています。明治32年(1899年)に初めて船橋が設置され、その後大正3年(1914年)に初代の豆津橋(鉄橋)が完成し、渡し船の歴史は幕を閉じました。神社のある「江口(えぐち)」という地名は、かつてあった肥前佐賀藩の三根郡(みねぐん)江口村に由来します。明治22年(1889年)三根郡江口村、養父郡白壁村、東尾村、中津隈村が合併して北茂安村が発足し、江口村は消滅しました。明治29年(1896年)三養基郡(みやきぐん)北茂安村となりました。昭和40年(1965年)北茂安村が町制施行して北茂安町となりました。平成17年(2005年)北茂安町・中原町・三根町が合併してみやき町が発足しました。
綺麗な神社です。
田んぼの中にある小さな神社です。トライアルみやき店が近くにあります。
拝殿手前に大きな銀杏が二本立っています。狛犬が、久留米筑後のものより少し優しい顔です。
| 名前 |
嘉村八幡宮 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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立派な二本の銀杏の木があります。秋に色づく頃は壮観です。近くにたわわに実ったキンカン?の木もありました。