戦没者を慰める医王山長生寺。
長生寺の特徴
医王山 長生寺は、慶長5年に創建された歴史ある寺院です。
秋月城址から北西1.3kmの高台に位置し、自然豊かな環境が魅力です。
豪商興膳善入が寄進し、戦没者の霊を慰めるために設立された由緒深い寺です。
長崎から来た豪商が寄進した寺。秋月の乱を率いた今村、宮崎三兄弟のはかがある。
曹洞宗 長生寺。
曹洞宗「医王山 長生寺」慶長5年(1600年)長生寺は豪商 興膳善入が戦没者(豊臣秀吉九州征伐の折の戦死者)の霊を慰めるために寄進した寺と伝えられる。医王山の山号は当時薬師仏をまつったところから付けられ、長生寺の寺号は興膳善入の長命を祈念して名付けられた。興膳善入は生きながら入棺し124才の長寿を終えたとされる。その墓は裏山に現存している。また、境内には種痘の始祖秋月藩医緒方春朔翁の墓や秋月党の指導者宮崎三兄弟の墓等がある。
曹洞宗「医王山 長生寺」慶長5年(1600年)長生寺は豪商 興膳善入が戦没者(豊臣秀吉九州征伐の折の戦死者)の霊を慰めるために寄進した寺と伝えられる。医王山の山号は当時薬師仏をまつったところから付けられ、長生寺の寺号は興膳善入の長命を祈念して名付けられた。興膳善入は生きながら入棺し124才の長寿を終えたとされる。その墓は裏山に現存している。また、境内には種痘の始祖秋月藩医緒方春朔翁の墓や秋月党の指導者宮崎三兄弟の墓等がある。
医王山 長生寺は、秋月城址の北西1.3kmほどの県道66号線沿いの高台に伽藍を構えている曹洞宗の寺院です。紅葉がとても美しかったです。釈迦牟尼仏をご本尊と仰ぎ、玖天全良大和尚によって開かれたこの禅寺は、 慶長5年(1600年)、当時の戦没者の霊を慰めるために開基 興膳善入によって建立されました。医王山の山号は当時薬師仏をまつったところからつけられ、 長生寺の寺号は、興膳善入の長命を祈ってつけられました。なお、興膳善入は生きながら入棺し124才の長寿を終えました。その墓は裏山に現存します。また、 境内には種痘の始祖秋月藩医緒方春朔翁の墓や秋月党の指導者宮崎三兄弟の墓等があります。秋葉堂の天井の絵画は著名な秋月藩お抱え絵師斎藤秋圃のものです。
| 名前 |
長生寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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1600年長崎の豪商末次興膳善入が85歳の記念に建立したお寺です。その後南林寺9世玖天全良大和尚を開山に迎え曹洞宗のお寺となりました。善入は124歳まで生きたといわれ、寺名の長生もそこから付いたといわれています。父の末次興膳と興膳善入の二人は早くから敬虔なキリスト教の信者で、コウゼン・コスメとジャコバという洗礼も受けていたようです。境内には、秋月藩藩医の緒方春朔の墓や、秋月党の指導者の宮崎三兄弟の墓があります。1743年に建立された秋葉堂には、斎藤秋圃の天井絵か描かれています。