足利義昭と秀吉の歴史が息づく。
田辺寺の特徴
真言宗大覚寺派で721年創建の歴史ある古刹です。
田辺寺は毛利氏家臣によって再建された菩提寺です。
足利義昭と豊臣秀吉が対面した歴史的な場所にあります。
場所も美しく最高に良い住職様です。
真言宗大覚寺派の仏教寺院で奈良時代721年創建と伝わる古刹です説明板によれば戦国時代に毛利氏家臣田辺光吉により再建され田辺氏菩提寺となったので田辺寺と改称したそうです山門、鐘楼、本堂等の伽藍は改築され新しくなっています参道には日露戦争勝利記念として注連柱が奉納されています1587年に九州征伐の途中で豊臣秀吉と室町幕府第15代将軍足利義昭が対面した場所でもあるそうですよ。
たなべでら ではなく「でんぺんじ」と読みます。真言宗大覚寺派(弘法大師空海)のお寺さんで、奈良時代には既にお寺さんがこの地にあったと考えてられており、県重要文化財。本尊は阿弥陀如来。弘法大師空海が唐からもどり、立ち寄ったとの伝承。福山市津之郷は空海さん立寄りの地なのか、弘法大師の水などもあるので、実際にご縁があったのではないかとも思います。私達夫婦には子が居らず、妻の両親の永代供養先として、下見にお伺いさせて貰いました。寺までの道が広くないので、ややビビりながらの下見となりましたが、山陽自動車道 福山SAの南に位置し、福山旧市内からも、左程遠く無いので以外に便利と思いました。宗派を問わず、永代供養して頂けるとの事、且つ 庶民的金額のようです。ちなみに、住職さんは親切で良さそうな方で、私達が寺を後にするときも、寺門に立ち、見送って下さいました。無縁仏にはしたくないと思われてる方は、こちらでご先祖供養をお願いされては如何でしょうか。
2022年1月29日御立派なお寺。お手入れゆきとどいてます。
広島県史跡田辺寺(でんべいじ)の中に廃和光寺と考えられる中心礎石があります。奈良〜平安時代頃から続く古代寺院であった和光寺は、戦国時代の津野郷串山城主の田辺氏によって再建されて田辺寺となったそうです。いろいろな遺物も出土しており、古代からこの地域は栄えていたのだと思うと歴史を感じます。
重要文化財もあり、また、足利義昭将軍と豊臣秀吉が会談した歴史的なお寺です!
| 名前 |
田辺寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
084-951-1089 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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織田信長に最後まで抵抗した足利幕府最後の15代将軍である足利義昭公(1597年61歳逝去)が、豊臣秀吉と会談し「もう京へ一緒に帰りましょう」と諭されたとされる、歴史ある寺院です。