天空の鳥居で絶景トライ!
高屋神社(下宮)の特徴
高屋神社は延喜式内の神社で歴史があります。
参道はきつい登り坂で、達成感があります。
春には高屋まつりでちょうさが境内に集まります。
下宮から本宮まで歩きました50分くらいかかったしふくらはぎパンパンでめっちゃキツかった。でも登りきった後の景色は絶景!!ぜひ登ってみてください\(^o^)/
天空の鳥居と言われる高屋神社まで車で行くには運転に自信がなかったので、山を登って目指すことにしました。山を登る前にしっかりと参拝しました。
舗装、約10分未舗装、約25分階段、約10分登山靴でも余裕とは言えない。
車ですぐの場所にあります。上の神社とは、また違う雰囲気があり、ここから、歩いて上の神社にあがります。歩いて上がる事ができないので、車で上がらさせて、もらいました。
瓊瓊杵尊と木花咲耶姫命、保食神を御祭神とする神社。本殿は無く、拝殿のみ。遥拝所はあります。平安時代には既に存在しており稲積神社とも呼ばれる。元々は稲積山の頂上にあった社を江戸時代初期に中腹へ移転。1700年代半ばには麓に移された。しかし1831年には再び山頂へ。新たに社を造営し現在に至る。高屋神社に訪れる人はだいたい本宮を目指すので下宮は閑散としています。ただスタート地点という事もあり整備はしっかりされており敷地内もキレイです。無料駐車場と自販機、トイレはあります。
観光地だと侮ることなかれ最初から最後まで勾配がキツイですよ道も大半は整備されておらず転倒の危険が大きいですしかし登りきって山頂から見下ろす景色は素晴らしいものがあるので、ぜひ一度トライしてください。
高屋神社の参拝は、まずこの下宮から。山頂の“天空の鳥居”に注目が集まりがちですが、下宮は落ち着いた雰囲気で、地元の人々に大切にされていることが伝わってきます。境内は静かで清々しく、ゆっくりとお参りできる空間です。駐車場もあり、登山口としての拠点にもなっていて、登る前の準備や心構えを整えるのにぴったり。山頂まで登らなくても、ここだけでも十分に心が洗われるような時間が過ごせます。
こちらに駐車して神社までプチハイキングしました。途中少しだけ道路が狭くなっていました。神社までの道路は一本道で迷うことはなく簡単でした。が、途中枯葉や石ころで滑りやすくなっていました。スニーカーがベター。神社には自販機やトイレもありました。日曜の2時頃に行きましたが、まあまあ人はいましたが、思ったより少なかった。景色は言うまでもなくとても綺麗で道中のハイキングもすごく気持ちよかった。
下宮に駐車して徒歩で本宮を目指しました。暑い日で汗だくになりながら、約50分かけて登りましたが、早い時間だったため、シャトルバスの参拝者もいない時間に到着できました。疲れますが価値のある参拝です。
| 名前 |
高屋神社(下宮) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0875-25-0034 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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高屋神社(たかやじんじゃ)。香川県観音寺市高屋町。式内社(小)、旧県社。【祭神】邇々杵命 保食命 咲夜比女命資料によると、標高404mの稲積山の南麓に里宮としての遥拝所があり、中腹に中宮、山頂に上宮がある。稲の神さんとして古くから親しまれ、上宮からは観音寺市が一望でき、眼下に2kmにわたる有明浜の海岸線が伸びている。上宮までは、270段の急な幅広い石段が続く。その中段には、ゆるぎ石とよばれ、指で押しても動くが落ちない岩が鎮座している。御祭神は、邇々杵命・保食命・咲夜比女命。『日本三代実録』に、貞観6年(864年)10月15日に「讃岐国正六位上高屋…従五位下」とある。同じく貞観9年(867年)5月17日に、「授讃岐国正六位上高家神従五位下」とある。しかし、この高家神は当社ではなく、坂出市高屋町の高家神社のことだとされている。当初稲積山頂にあったのを、江戸時代の初め、慶長5年(1600年)ごろに、中腹に移し、さらに江戸時代中期の宝暦11年(1760年)ごろに山麓に移した。しかし、里人はその崇をおそれ、江戸時代後期の文政14年/天保元年(1831年)に山頂の旧地に再び本殿を造営。山の名をとり、稲積社とも呼んだ。江戸時代には丸亀藩主京極家の崇敬が篤く、藩主寄進とされる扁額が残されているという。また、京極家の船が沖を通る際、帆を降ろし船を停めて遥拝し、その後航行するのが習わしだったという。近世には稲積明神、高稲積大明神と呼ばれ、今も「稲積さん」と親しまれている。明治5年(1872年)には郷社に列し、昭和11年(1936年)に県社に昇格した。とあります。