空中衝突事故の真実を知る。
白菊慰霊碑(松本)の特徴
1944年10月14日の空中衝突事故を記憶するスポットです。
白菊練習機の歴史が刻まれた場所です。
太平洋の戦局を伝える貴重な史跡です。
1944年(昭和19年)10月14日、高知海軍航空隊練習機「白菊」2機が空中衝突事故。1機はこの松本に墜落、もう1機は南国市包末454に墜落。白菊は6人乗りだったので12名(全員県外出身)の若者が亡くなっている。碑はそれぞれ、松本、包末の地域の方々、岩村農協、元海軍航空隊員の寄付金によって建てられた。 包末の碑に比べてこの松本の碑はかなり小さい。田圃の畦にあるので気を付けてください。グーグルマップの性格上、同じ地点をマップ上に登録で きない。しかし、この白菊の空中衝突の場合は、2機の飛 行機が衝 突したので墜落の場所も2カ所あることになる。 当初は、マップ上に同じ慰霊碑2カ所として登録しようとしたがなかなかできなかった。その後、何十回か登録を試み、何カ月後かに工夫をしてやっと可能となった。しかし、 登録はできたが、最初に包末に登録した方の写真がここに移動し、口コミもここに移動してきている。従って、この松本の写真は包末の写真が混ざっている。この件に関しては、お詫びをしなければならな い。 最初に登録した方、申し訳ありませんが、変更をお願いしたい。
米軍が物量にものを言わせ太平洋の制海権を掌握…サイパンを攻略し、沖縄にも上陸。日本各地への空襲も激しさを増して、虎視眈々と本土上陸を狙っていたころ…愛する人々、愛する故郷、そしてニッポンの純血を護り抜くため我が身を盾として闘うことを決意した若者達がいた。しかし、航空機同士の接触により墜落という不慮の事故で彼等の命は散ってしまう…私達は現在の平和があることに改めて感謝し、彼等の熱く気高い魂を後世に語り継ぎたい。
名前 |
白菊慰霊碑(松本) |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
2.8 |
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場所が解りづらいのと、車を止める場所を探すのが大変でした。