圧巻の旧方広寺 南大門。
南大門の特徴
壮大なかつての大仏の門として圧巻の景観です。
歴史を感じる重文の表記に驚きが詰まっています。
京都国立博物館への道すがら魅力を発見できました。
令和6年 5月5日 GW 京都 奈良旧方広寺 南大門もともと豊臣秀吉が方広寺を建立した際に造営された南門で、国の重要文化財に指定されています。三十三間堂の南側に位置し、当時の広大な方広寺の敷地を今に伝えています。
現在の「南大門」は、豊臣秀吉が建立した方広寺(ほうこうじ)の遺構とされています。慶長5年(1600年)に豊臣秀頼によって再建されたもので、桃山時代の豪壮な建築様式を今に伝えていて、重要文化財に指定されています。三十三間堂はもともと、秀吉が造営した巨大な大仏殿「方広寺」の境内に組み込まれていました。この南大門は、かつての方広寺の南端を画する門としての役割を持っていました。現在、三十三間堂の周囲を囲んでいる「太閤塀(たいこうべい)」とセットで見ると、当時の壮大な規模を実感できます。
南大門と言えば東大寺、京都では東寺や東福寺を思い出します。”ブラタモリ"を見て、三十三間堂にも南大門がある事を初めて知りました。京都駅から塩小路通りを東山に向かって徒歩10分。刻銘から慶長5年(1600)建立、あの豊臣秀吉が京の大仏殿方広寺の南門として造った遺構です。自動車も通る重要文化財、この門から見える三十三間堂から国立博物館、越して大仏殿方広寺ですから、規模の大きさを確認出来ます。
蓮華王院の南大門は豊臣秀頼によって慶長五年(1600)に建てられたそうです。秀頼はまだ子供だね。
蓮華王院の南大門は豊臣秀頼によって慶長五年(1600)に建てられたそうです。秀頼はまだ子供だね。
旧国宝、現在は重要文化財の方広寺の南大門です。道を歩いているといきなり現れます。改めて往時の方広寺の規模の大きさが偲ばれます。
方広寺の門がここににあるって、 敷地がどんだけ広かったのか 驚きました。大仏殿の遠景を描いた絵図を見たら、 三十三間堂の建物をも 方広寺の中に取り込んだ状態。古くて大きな門、 今迄こちらのほうまで注目したことがなかったので、 今回は見られるのが楽しみでした。門自体も大きいので、 大迫力です。塩小路通り側から見ると、 端っこ(土塀)が 隣の民家と繋がってる感じです。トタン板でテキトーに処置してあるのがまた庶民的というか・・・ 屋根の軒瓦もほぼ隙間がない感じ。重要文化財の指定なのに、 普通に車も通るって、 京都って凄いなと改めて思いました。
三十三間堂の南大門と書かれていますが、豊臣秀吉が建立し、豊臣家滅亡のきっかけとなった釣鐘で有名な方広寺の南大門になります。南大門に続く巨大な築地塀も太閤塀といわれる通り方広寺の塀でした。
豊臣秀吉が建立を発願した大仏殿方広寺の南門として造営。桃山時代を代表する門の遺構。重要文化財の門の下、普通に車が通過する光景は、ある意味すごいと思いました。
| 名前 |
南大門 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
【ブラタモリポイント】