素戔嗚尊の祭りで楽しもう!
建神社の特徴
素戔嗚尊を祀る由緒正しい式内神社です。
昔から子供の遊び場として親しまれています。
お祭りでは大人と子供が一緒に盛りあがる楽しい場所です。
この神社はヤマトタケル命の陵説有。
建神社(たてじんじゃ)。徳島県美馬郡つるぎ町半田逢坂。式内社(小)論社、旧村社。【祭神】素盞嗚命資料によると、創祀年代は不詳。地元では、「権現さん」「権現はん」と呼ばれ、親しまれている。鎌倉時代初期の建久3年(1192年)5月、再建の記録が残る。一説には、往古、半田山の天王という地にあったという。建仁2年(1202年)3月、現在は荒神社のある地に遷座したとも。建永元年(1206年)7月、現在地に遷座した。戦国時代の天文2年(1533年)3月、再建されたが、弘治元年(1555年)10月には焼失したという。半田の地名は、殖田(はにた)の転訛といわれ、半田川をはさんで、東西5丁・南北10丁に渡り盆地状の地形をなし、古田も多く、古代集落の一典型をなしている、という。御祭神は素盞嗚尊で、かつては牛頭天王と称していた。異説として、日本武尊の後裔である阿波君が祖である倭建命(日本武尊)を祀ったとも。伊賀国山田郡の式内社「阿波神社」に比定される阿波神社では、阿波君の祖として、倭武命の子の息長田別命を挙げている。式内社「建神社」の論社は他に、美馬市脇町の当社および式内同名神社、三好市池田町松尾大申の竹神社、三好市三野町清水の八幡神社がある。とあります。
素戔嗚尊を祀ります。ということはあのスサノオ!?徳島に素戔嗚尊まで祀られている神社があるなんてやはり徳島古代史は侮れません。
御祭神 素盞嗚命。延喜式内社の建神社の論社の一つで、鳥居の扁額には、『式内 建神社』となっています、鳥居の左右には、狛犬ではなく随神の石像が立っています、拝殿は、大きな構えで堂々としていて後方の高い位置に本殿があります、中をのぞくと綺麗にされていました。
盃状穴発見(^o^)
この神社について、町誌は次のように記します。「美馬郡式内十二座の内、建神社と称され、往昔東山びょうた石のある平地笹の丸にあったが建仁2年(1202)3月逢坂の荒神社へお遷りし建永元年(1206)現地に移された。」その後焼失し明和3年(1766)に本殿を、安永7年(1778)に拝殿を再建されています。現在の本殿は総欅造りの一間社。拝殿は入母屋造りの正面に軒を一段下げて、妻入り入母屋造り唐破風の向拝が付いています。側廻りには台輪の上に挙鼻付きの平三斗がありますが、内部には組物はなく簡素です。
素戔嗚尊を祭神とする式内の神社です。鳥居は文久年間のものとなっており、他にも随身像や狛犬、百度石、燈籠などが見られます。社殿も立派で見どころの多い神社です。
この神社は、昔から子供の遊び場歳上が歳下の子を大事に見守り、お祭りには大人子供が一緒になって盛りあがり最高です。
| 名前 |
建神社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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素戔嗚の式内社です。古事記では説明できない神社。日本書紀で素戔嗚は、イザナギとイザナミの間の子供と書かれています。素戔嗚の幼少期の神社と説明がつきます。近くには稚日孁の神社もあったみたいです。