国松くんのお墓で歴史を感じる。
豊臣国松・京極竜子 供養塔の特徴
8歳の国松くんのお墓がある歴史的な場所です。
豊臣秀頼の子供、国松の供養塔が魅力を引き立てています。
秀吉の孫である国松の墓所は、歴史好きにとって必見です。
まだ8歳だった国松くんのお墓です。
豊臣秀頼の最後の子供、国松が僅か八歳で首を切られたのが六条河原と言われています。誓願寺にて祀られていたのですが、明治時代にこちらに移されたそうです。
豊臣秀頼の子供の国松、豊臣秀吉の側室京極竜子の供養剳。
豊臣秀頼の庶子…つまりは秀吉の孫にあたる、豊臣国松の墓所。国松は大阪城落城後、潜伏先で捕らえられ六条河原にて斬首。墓所はそれを憐れんだ秀吉の側室・松の丸殿の墓所と共に中京区の誓願寺にあったものを、明治11年、秀吉の墓所・豊国廟のふもとになるこの地に遷したもの。その経緯を記した碑(漏世公子及寿芳夫人遷墓碑)も、国松公墓所の横にあります。豊国廟お参りの際には、少しだけ歴史に埋もれた豊臣家最後の男子(諸説あり)に思いを馳せていただければ、と。
目立たないなぁ~
名前 |
豊臣国松・京極竜子 供養塔 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.8 |
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親父が戦で負けたからって、8歳で市中引き回しのうえ六条河原で斬首刑って…あまりにも惨過ぎる…竜子殿、どうか🙏どうか…