安芸城の白蓮と歴史探訪。
安芸城跡の特徴
延慶元年に築かれた安芸親氏の城跡で、石垣が残っています。
散策に最適な周辺の武家屋敷街が美しく手入れされています。
季節ごとに楽しめるお堀の白蓮が素敵で、訪れる価値があります。
普通の観光ルートにはまったくはいりません。が、古い街並みを残す皆さんの努力に頭が下がります(感謝感謝)
2026.7.3(金)お堀の白蓮が見頃毎年6月下旬〜7月下旬にかけて白蓮が見頃を迎える。蓮の花は午後には閉じてしまうので、朝8時頃に見に行くのがオススメ。
安芸城は鎌倉時代に安芸氏が築いた城と伝わります。戦国時代、安芸氏は長宗我部氏との戦いに敗れ、城は落城しますが、江戸時代には土佐藩家老・五藤氏の居住地となりました。現在の城跡には、いわゆる城郭建築は残っていませんが、江戸時代に築かれた石垣と、二の段・三の段の廓跡、堀切・虎口などの遺構が今に伝えられています。高台に登って行くと、木の間越しではありますが、安芸市街の街並みが眺められます。
登り口に縄張図付きの説明板がある切岸♫堀切♫竪堀♫土塁♬虎口凹み♫石積♫が見れた麓の江戸期屋敷跡には水堀♬石垣♬土塁♬食違い枡形♬が見れる年末に行くと資料館は閉まってた🥲またいつか来ます標高約39m
安芸城は高知県安芸市にある平山城で安芸氏の居城として知られています。1308年に安芸親氏によって築かれたと伝えられています。戦国時代には、土佐七雄の一角として勢力を誇りましたが、1569年に長宗我部元親に攻められましたが、その後山内氏の時代には、五藤氏が居館を構え、『安芸土居』と整備されました。安芸城の歴史の主な出来事⦿築城:1308年、安芸親氏によって築城。⦿安芸氏の繁栄:戦国時代には土佐七雄の一角として、土佐国東部で最大の勢力を誇りました。⦿長宗我部元親との戦い:1569年、長宗我部元親に攻められ、落城しました。⦿五藤氏の入城:慶長6年(1601年)に土佐藩、山内氏の入国に伴い、五藤氏が安芸を治めることになり、居館として構えました。⦿一国一城令:元和元年(1615年)の一国一城令により、安芸城は廃城となりますが、五藤氏の居館は『安芸土居』として残ることになります、
城趾巡りで訪問しました。書道美術館裏正面の登城口から登城できます。山城的な雰囲気ですが、それほど標高も高くなく登山道も整備されているので、苦労することなく登城できました。一部の石垣や曲輪、土塁も残っており、当時の城跡を感じることができます。御城印は隣接の歴史民族資料館で販売されております。こちらで城の概略を先に見てから登城するとより楽しめると思います。
安芸市指定史跡で枡形虎口や井戸、曲輪などの遺構を観る事が出来ます。駐車場は民族資料館の裏側、民家のある道沿いに数台あります。路駐みたいな感じで若干戸惑いますが大丈夫。城跡は江戸時代以降の濠や石垣、中世に安芸氏が居城とした平山城部分が残っておりサクッと散策出来ます。山城とは言えど5分もあれば登れます。ただ、雨の日は泥濘になりそうだから避けた方が良いかな。ちなみに周囲に飲食店はありません。唯一、廓中ふるさと館が徒歩圏内にあります。閉館中の場合もあるので、事前に下調べした方が良いです。
安芸城はその名の通り、土佐七雄のひとつ安芸氏の累代の居城でした。戦国期、安芸国虎の時代に大きな勢力を持ちましたが、土佐統一を進める長宗我部元親と戦って破れ、安芸城も落ち安芸国虎は自害しました。安芸氏滅亡後は香宗我部親泰が一時期入城し、阿波国侵攻の拠点ともなったようです。そして山内時代には山内一豊に刺さった矢を顔を踏んづけて抜いた五島吉兵衛の子が安芸の領主となり、山麓に居館を構えて「土居」と称しました。麓には江戸期の堀や石垣、土塁、枡形が残っていて、背後の山に安芸氏〜長宗我部時代の遺構があります。水堀を渡って奥に鎮座する藤崎神社へ向かっていくと、左手に山城の登り口があります。
城跡に登ってみました。階段はありますが、上に近くにつれて結構急な道となります。下りは落ち葉で滑って転びそうになるので、行かれる方はお気をつけて!一番上の詰と呼ばれる部分は思ったより小さなスペースで、古い石垣もあって静かな場所でした。安芸城跡付近は小学生が元気に遊んでいたりして、のんびりした空気が流れて癒やされました。
| 名前 |
安芸城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0887-35-1020 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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長宗我部氏 土佐統一戦、対、安芸国虎との攻防の城跡。今回の旅の目的の一つ、土佐七雄の居城を訪ねる。徳島から、海沿いひた走り、室戸岬経由で到着。ふぅ〜っ。遠いね。関西在住、虎ファンなら、有名どころだけどね。さて、安芸民族資料館は、後で訪ねるとして、早速攻城に参る。この日雨の日、雨合羽着装し、小雨の中、登城路を登る。この城山、さほどの比高は高く無いので、虎口跡から、サッと本丸詰到着。詰内は、綺麗に整備さらており、歩き回る分には、問題なく。ただ、この天気の性なのか、心躍る遺構は感じられず。下におり、山城周りを眺め、新しい石垣の方が、後世ではあるが、御土居の町並みと共に興味を引いたかな。でわ、資料館へ。