弁慶石を訪ねる名探偵コナンの聖地。
弁慶石の特徴
町名にもなった人気者の弁慶石は名探偵コナンゆかりの地です。
京都市三条麩屋町の北側ビルに位置する不思議な庭石です。
明治時代以降の歴史を感じられる貴重なスポットです。
大半の人はただ通り過ぎてしまうけど、誰もが知ってる武蔵坊弁慶の伝説の石です。まじすか!?レベルで見立たないし、裏のホースが写り込むから映えない。
本当なのかはさて置いて、町名になったのは流石の人気者。「弁慶石町」とマップで検索すれば狭い範囲で存在するのです。ちなみに、「紫竹牛若町」。バス停「牛若」も在ります。堀川の「戻橋」、嵐山の「竜門橋」なんか言い伝えが面白いですね。
弁慶石が路肩にありました。幼少の頃、三条京極界隈に住んでいた弁慶が熱愛したと伝えられる石。弁慶は源義経とともに奥州高舘で最期を迎えるが、彼の死後この石はその高舘に移された。ある日、石が「三条京極に行きたい」と声を発した後、高舘で熱病が流行りはじめたので人々は弁慶の祟りだと恐れ、三条京極寺に送った。その後、新京極の誓願寺万丈の庭に移され、明治26年(1893)にはこの町の民家に戻り、昭和4年からは、三条通り沿いの現在の場所に移された。「この石をなでると、弁慶のように男の子は力持ちになる」と言い伝えられている。とのこと。
麩屋町(ふやちょう)三条の交差点を東に行った北側のビルの敷地内あるのが「弁慶石」になります。町名の弁慶石町はこの石にちなむ。弁慶石と刻まれた石碑と説明書きの銘板があります。弁慶の愛した石で,弁慶の死後奥州にあったが、室町時代に「京都に帰りたい」と声を発して泣き、熱病が蔓延したので「辨慶のたたり」だとうわさが広がった。そこで享徳3年(1454年)に弁慶が幼少期に過ごした三条京極の地にあった「京極律寺」に運ばれた。天明8年(1788年)に新京極の誓願寺に預けられていたが、明治26年(1893年)にこの地に戻り民家内に置かれ、昭和4年に三条通沿いの現在地に移された。「弁慶石」には古くから男の子がこの石を触ると将来力持ちになれる、「火魔・病魔」から逃れることができるという言い伝えが残されている。
名探偵コナンの迷宮の十字路、京都を舞台とした映画の聖地。
普通に庭石にありそうな石だけど、それが京都に存在するといろいろおひれがついてくるようでw側にある由緒を記した碑の内容はともかく、少くとも明治時代以降のことは事実と見ていいだろう。
コナンファンの方もお見逃しなく。かに道楽のすぐ隣にある「弁行石」が5分で見れます。劇中は名探偵コナンと平次がここにいて、京都のシーンは易経と弁慶の話でいっぱいです。興味のある方は、自分でググってみよう!(原文)柯南迷也不容錯過的,就在螃蟹道樂旁邊不用五分鐘路程即可看到“弁慶石”。劇中柯南與平次到過這裡唷~京都這個場景,充斥著許多易經與弁慶的故事。有興趣的人自己google吧!
ビルの一角にあります。
初めて訪れました。大阪から行きましたが、あまりこんな場所がある事は知りませんでした。流石に、京都で、歴史の宝庫。こんな繁華街の真ん中にこんな所がある事自体がびっくりでした。なかなか調べていくことがないと、分かりにくいかもしれません。
名前 |
弁慶石 |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
HP |
https://www.marutake-ebisu.com/stone-monument/benkei-ishi.html |
評価 |
4.4 |
周辺のオススメ

かの有名な武蔵坊弁慶が運んだ、弁慶が座った、弁慶が刀で切った、比叡山から弁慶が投げ飛ばしたなどの伝承が残る石。『劇場版 名探偵コナン“迷宮の十字路”』で、江戸川コナンと服部平次が訪れた場所。